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2005年11月

2005.11.30

11月の本棚

・『パラレルワールド・ラブストーリー』 東野圭吾
・『探偵ガリレオ』 東野圭吾
・『天使の耳』 東野圭吾
・『俺の出番や』 難波利三
・『しあわせ買受人』 難波利三
 難波さんの本は、例のコンテストの息子の優秀賞がらみ。審査委員長が直木賞作家の難波さんだったので。そういえば、22日はその授賞式でした。母と一緒に行ってきました。難波利三氏は、テレビ番組で何度もみたことがありましたけど、ナマで見て、その立ち居振る舞いや、受賞作へのコメント、記念写真を頼んだとき(親バカしてきましたの)の対応から、イメージがとってもアップ。温かさや、親しみやすさのイメージはあったけど、クリアとか、シャープってイメージはあまりなかったので、ビックリ。いっぺんにファンになりました。総評として話された、文章(小説)を書くときのコツ、というか注意点も、とてもうなづける内容で、思わずメモってしまいました。
 あと、へぇーと思ったのは、最終選考に残った10作が、作品番号だけのデータで審査されたということ。ひょっとしたら、現役大学生の応募が珍しかったのかなと思わないでもなかったから。難波氏は、息子の作品を女の子が書いたものではないかと思っていたそう。理由は「繊細な文章だし、あっちこっちに、やたら『怖い』『怖かった』と出てくるから」って。これには息子っち、苦笑いでありました。

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2005.11.24

手帳購入

 やらなければいけないことがいっぱいある日だったけど、優先順位を上げて、手帳を買いに行きました。やっぱりちょっと迷ってしまったけど、結局、いちばん気に入ったキャラクターのやつにしました。さんざん回り道して、キャラクターで決めたわけね。ま、ちゃんとチェック項目はクリアしてたし、もちろん、ウイークリーは月曜始まりだからね。

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2005.11.23

サザンが嫌いです!

 10月30日に注文しておいたサザン・グッズが届きました。あの満を持して注文した2006年スケジュール帳とトートバッグが。
 早速、中身を確認しました。そして凍り付きました。手触りが最悪。ザラザラで固い。ザラザラはまだ許せるけど、固いのはダメです。手帳の重要機能であるブラウズがしにくいじゃあ、ありませんか。2005年版は、柔らかいビニールカバーだったのに。
 で、一瞬、ためらった後、私はそのカバーをバリバリとひっぺがしてやりました。届いたばかりのまっさらの手帳ですが、これから1年以上にわたって使う物ですからね、しょうがありません。結果的に、裸に剥かれた手帳は無惨な状態になってしまいましたが、すぐに2005年版のビニールカバーのお洋服を着せてやりました。それで何とか、心機一転、2006年版手帳のスタートです。そして予定の1件も書き込んでみようかと開いてみました。そしてまた凍り付きました。
 ウイークリー・ページが日曜始まりになってる……。
 何? これ。そんなの見たことある? 私、無い! 断じて無いです。いえね、それまでにも届いてから、何度となく中身は見てましたけどね。2005年版は各ページにサザンのロゴが入っていたのに2006年版にはないのね、とかって。でも、まさかね、日曜始まりって何? ウイークリー・ページがよ。こんなの、使えないじゃん。
 そしてTSUNAMIのような悲しみがおそってきました。「カバーをひっぺがす前に気づくべきだった」。「べきだった」という忌まわしいフレーズが私の中から出てくるなんて。
 悲しみは、まもなく怒りに変わりました。「誰が決めたの、こんなこと!」。通販サイトに「昨年、好評だったスケジュール帳」と書くなら、基本デザインを変えるなよ。まして、日曜始まりって……、信じられない。2000+送料が、目の前で死んでいる。カバーをはがす前なら、人にあげたり、ひょっとしたら売りつけたりだってできたかもしれないのに。のに、のに、のに、「のに」なんて、私に言わせないで!
 でも、通販ページには、日曜始まりの部分がはっきりとズームされているのよね。そこで気づくべきだったか。でも、日曜始まりのウイークリーなんて、あるわけないもん!
 だいたいサザン・グッズってさぁ。ファンだからと思ってさぁ。去年だって、スケジュール帳も、スタジアムジャンパーも、届いたのは2月だってんだよ。私は買ってないけど、ジャンパーは何万円もしたんだよ。その冬に着れなくてどうすんの。スケジュール帳の2000円だって高いでしょ。それに届くのが1カ月先よ。ちょっとはamazon を見習ってよ。それとも、注文が来てから作ってんのかな。無駄が出ないように。誰かが、手を抜いている気がする、そのわりにおいしい思いをしている気がする。そんなの私は大嫌い! 誰だ、ツアー・スポンサーのTOYOTAか、え?
 あとは、500円のトートバッグだ。100均に行けば100円で売ってそうな(当たり前か)トートバッグ。こちらは、去年バージョンでそのショボサに免疫がついてるから悲しみも怒りもこなかったけど、プリントされているツアー・タイトル「みんなが好きです!」が切ない。私は「グッズ憎けりゃ、サザンも嫌い」になっちまったよ。
 ここはひとつ、大晦日に名誉挽回をお願いしたいもんですな。
 それにしてもよ、日曜始まりのウイークリー・ページってさぁ……、どうよ。

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2005.11.09

伝道に弱い

 平日のひるまなど、うちにいると、営業や勧誘の電話がよくかかってきます。相手様も仕事でかけてきておられるわけなので、私はできるだけ丁寧に、謝りながら「けっこうです」「まったく興味がないものですから」と、電話を切るのだけれど、たまにかかってくる、おばあさんらしき方からの電話には、つい、はいはいと言うことを聞いてしまいます。ちゃんと「○○に住んでいる△△です」と礼儀も正しい人です。内容は、「聖書の一節を読ませていただいてよろしいですか」と、「本をポストに入れさせていただいてよろしいですか」のふた通り。私の返事はいつも「はい」。それほど頻繁ではないし、すでに住んでいる所を知っているのが不思議だけれど、おばあさんだし、断るほど迷惑な内容でもない。それはそれで、ま、いっか。
 そんなある日、△△さんが言いました。「前回、お電話したときは、息子さんがお出になりました。とても感じよくしていただきました。いい息子さんですね」。
 そしてまた、しばらく経ったころ、今度は違う方から電話がありました。内容は△△さんと同じ。私の返事も同じ。かかってくる頻度も同じくらいだったけれど、受ける私には電話と、ポストに入れられる本などの量が2倍となりました。そのころ、息子に聞いてみたら、「△△さんやろ」とよく知っていました。
 さらに、またしばらく経ったころ、△△さんが言いました。「先日、お友達と一緒に本をお配りしていましたら、その方も私もお宅へ入れに行こうとしていたことがわかりましてね、驚いていたんですの」。
 ポストに入るものは、雑誌だったり、ハードカバーの手帳風だったり、ハガキだったり、便せんに書かれたお言葉だったりします。電話予告無しに入れられていることもあります。うちには、それ専用の箱があるのですが、けっこうたまってきていたります。なんだか捨てにくくて。
 そして、昨日のこと。また違う方から、同じ内容の電話がありました。そういえば、最近△△さんからの電話がありません。後継者の方なのでしょうか。それとも、私の電話番号が、そういう方々の間に流れているのでしょうか。
 別に困るほどのことは無いけれど、家事や仕事のあいま、聖書の一節をボーっと聞きながら、彼女たちにの地道な活動にお応えしながら、ちょっと不思議な気持ちになることがあります。「私、伝道されてるんだ…」って。なんか、違うような気がしないでもないけれど。

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2005.11.08

父の10回忌

 実家のお仏壇にお参りに行って、母と2人で近所のレストランでランチ。母とするのは、いつもの世間話で、父の話なんて出てこない。「パスタを食べるのは久しぶりだ」とか、「○○さんはがめつい」とか。
 でも、1人の時には少し考えました。「あれから10年か…」って。父のことを考えるというより、父のラスト6カ月のことを。もし私が今みたいに介護の知識や経験を持っていたらって。それを考えるとちょっと辛いです。なので、すぐに考えるのをやめます。「もう終わったことだし…」って。
 そして、10年経った今、もし周りの誰かに介護の必要が生じたら、何らかの形で役に立てるであろう私の頼もしさについて考えて満足します。
 私がヘルパーの資格を取ったのは、失業保険をもらっていた時。無料であった上に、1日600円の手当をもらって、失業手当がもらえる期間も延びるということだったので、介護の仕事なんてさらさらやる気なしだったけど、とりあえず取ったのでした。
 一緒に受講していた人も、失業者ばっかり。受講して実習にさえ行けば資格がとれるからと考えている人が大部分。そんな私たちに向かって、最後の講義のとき、先生が次のようなことを言いました。
「この講習は、求職中の皆さんに、少しでも早く就職してもらう為に、介護の資格を取ってもらって、介護関連の仕事に就けるようになってもらうおうと、やっているものです。でも、私は、どんな理由でもいい。ヘルパーの資格を持つ人が増えることは、良いことだと思っています。今は関係ないと思っていても、必ず、ここで身につけたことで、誰かの役に立てる日がきます。たとえ、介護の仕事につかなくても、介護を理解している人が育っていくことは嬉しいことです。ほんとうはこんなことは、言ってはいけないんですけれどね」。
 ラストあたりで、紙おむつをするようになった父の世話をしたことがありますが、父は死ぬほどイヤだったようです。死んだ方がマシと思ったかも。それで死んでしまったのかも。それ以降、私が見舞いに行っても、帰れ、帰れと言うようになりました。
 おむつ交換でも、今の私なら、本人(父)の精神的な負担を軽くする方法を、いくつも知ってるんだけどな。「下の世話、できるときには 親は無し」です。まだ1人いるけどね。

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