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2006年1月

2006.01.31

ジコカクチとジコカイジ

ケースワーカーとかヘルパーとか福祉系のお勉強をすると出てくる言葉です。自分のことをよく知ること、冷静に客観的に見ることが大事ってことです。私はヘルパー2級の講習のとき、この言葉を知りました。「そうか、まず自分なんだ」。
例えば、すごくきれい好きな人がいたとします。その人が訪問介護でちょっと汚い部屋に住んでいる人を担当し、「うわ、汚ねぇ」と思ったとします。きれい好きなことはいいことだから、それまでの人生で咎められたことがあるはずもなく、その人は「まず清潔にしましょう。こんな部屋に住んでたら病気になっちゃいます」なんて言って、思いっきり片づけはじめたくなっちゃう。
そのとき「私は平均よりきれい好きな方だから、この部屋はとっても汚く見えるけど、一般的な感覚からすると、ちょっと汚れている程度かも。いつもの私の感覚でやっちゃうと、この人には迷惑かも」と思えるかどうか。
「私って、せっかちだから、初めての人と接する時は、ゆっくり目にするくらいの方がいいかも」とかですね。
私の場合、人の都合を二の次にすることがちょくちょくあります。悪気は無いのですが、「いいことなんだから、やろうよ」みたいな。特に自分の状態がノーマル・ポジションでないときに、そうなりがちです。
誰にだってその人の都合というものがあるわけで、そこは大切にしなければいけません。ひとさまの手を強引に引っ張りそうになったら、ジコカクチの5文字を思い出して、ちょっと手をゆるめるくらいでちょうどかもしれません。今、ちょっと反省しています。
自己開示という言葉もセットで習いました。自分を相手の方に知ってもらうということです。オープン・マインドが大事ということでもあるのでしょうね。謎めいた人というのは、恋愛の場面ならいいかもしれないけど、介護や福祉の場面では気持ち悪いものでしょうから。
私の自己開示は「私が自己覚知するときって、たいていの場合、自己覚知すべき時が過ぎた後なの」って感じかもしれません。

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2006.01.30

Don't Look Backでやんす。

昨日の試験は、午前中の試験があまりにもできなかったので、そのことがショックで昼食のおにぎりをなかなか食べることができずにいたということで、報告おわり。
それよりもその後の楽しかった集まりのお話を。ホント、京都MT会に参加を決めておいて良かったです。昼の部は試験だったから、懇親会からの参加だったけど、帰りの電車で何とか気持ちを切り替えて、世界一のピザを堪能することができました。いちばん久しぶりに会ったF田さんは「最後に会ったのは1980年代」だって言ってましたから、ほとんど同窓会のノリでしたね。和歌山のサワーさんやリコーのF越さんも、桑名のヤッポーさんも、かなり久しぶりだったけど、みんなあの頃と同じだったり、かっこよくなってたりで、しょぼくれてないのがサスガ。my息子&彼女さんも、楽しんでくれたようで良かったです。
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これまで、息子を連れて様々な所に顔を出してきましたが、ただただ連れて行っていた小さい頃や、いろんな経験をさせたくて連れ回していた頃は、私の付属品みたいな感じもありましたが、もう単体で受発信可能になっているので、私のモードも昔とはぜんぜん違います。今の方がいいです。
昨日、初めてだった方々とはあまり接触できなかったけど、今度逢ったときは、また楽しくお話できると思います。
本当は、S太郎さんのことやピザのこと、もっと書きたいんだけど、きょうはちょっとお疲れ気味なのです。実は、ネットで見たら、あちこちでけっこう介護福祉士試験の解答速報を独自で出しているところがあって、勇気を出して自己採点してみたりなんかしてみたのです。でも解答速報の解答がかなりバラバラで、おまけに2chのスレで、みんなの感想やら、正解予測やら、毎年かなり変化があるらしい合格基準点やらの情報をみてしまったので、かなり消耗。くたくたです。情報は探せば探すほどいろいろ出てきましたが、確実なことはわからないのに、疲ればかりが増すようなので、もうやめました。
きょうは、久しぶりに斉藤茂太さんの「不思議なくらい気持ちがスッキリする本」でも読んで、スッキリしてから寝ることにいたしましょう。

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2006.01.29

息子の言葉

「落ち着いてね。周りの人をあんまり気にせんようにしいや。足ガタガタいわせたり、鉛筆カリカリとか、いろんな音を立てる人がいたりするかもしれんから。耳栓とか持っていった方がいいかも。時間配分はしっかり把握しときや。問題文は早とちりしないようにゆっくりしっかり最後まで読むこと。途中で諦めたらあかんで。ねばるんやで。ほんじゃね。気ぃつけて」
「はい」
試験が終わったら、その足で某飲み会に参加予定となっています。明日の勤務は早番なので、報告は月曜日にでも。

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2006.01.28

わたくし用数字メモ

16年現在、高齢化率は19.5%、(世界では7.4%くらい)、100歳以上の人は23千人超、90歳以上は初の100万人超。認知症高齢者は150万人くらい。介護保険は保険料50%、公費50%、公費の内訳は国が50%、県と市が25%ずつ。特定疾患は15種類。入浴時間は39度で10分、脱衣所との温度差は5度以内浴槽への高さは40cm。おうちの中で車椅子が通るには90cm、方向転換は150cm、段差は20mm以内。階段の勾配は35度以上、蹴上18cm、踏面26cm。水分は人間の身体の60〜70%、乳幼児は80%、高齢者は50%。総エネルギーの50〜60%は炭水化物から。1gで9カロリーの脂質は20〜25%に、動物、植物、魚は4:5:1にする。カルシウムは600mg、塩分は10g未満 食物繊維は20〜25g。心臓から1回のドッキンで送られる血液は70〜100ml、1分間で4900ml。1日の尿量は1000〜1500ml、ウンチは100〜250g。脳神経は12対、脊髄神経は31対。クーリングオフ制度、通販は8日以内、マルチ商法は20日以内。コレステロール値の正常値は180〜220、空腹時血糖値は80〜110,126以上が糖尿病、白血球数は3500〜8500,赤血球数は480万あたり。障害等級は1〜7級、精神障害は1〜3級、NPOの活動内容は17種類、茶碗蒸しは卵1個に150〜200mlのだし汁、液卵の0.8%の塩、85〜90度で15〜20分蒸す。安眠には30ルクスの間接照明。障害者は600万人、身体は360万人、精神は250万人、知的は45万人くらい。精神障害で入院中なのは33万人、そのうち条件が整えば退院できるのは72千人。社会保障の関係費用は国の支出の40%、年々増加中。試験問題は全部で120問、82問以上正解して0点の科目がなければ合格。さて……。

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2006.01.27

わたくし用、精神保健メモ

「心身症」は、精神的なことや心理的なことが原因で病気になったり、身体の症状がでること。「ストレスのせいで胃潰瘍になっちゃったよ」とか、虫1匹で「蕁麻疹出たぁ」とか。偏頭痛もここに入ってるよ、やっぱそうなのかなぁ。
「心気症」は、ぜんぜん病気じゃないのに自分で、そう思いこんで苦しむこと。おトイレで多量の出血を見て大腸癌だと思い、最近の不調がすべてそのせいだと思う。病院に行くと検査結果もよくて「軽い痔ですよ、あなた」と言われるんだけど、そういう医者は信じないで、他の病院にまた行っちゃうみたいな。
「離人症」は、自分とか周りのことに実感がもてない状態。起こっていることはちゃんとわかってるんだけど、自分とは関係なく起こってると感じちゃうこと。「あんた どういうことになってるか、わかってんの!」って言われても「わかってるよ、わかってるけど……」みたいな状態かな。
「強迫神経症」は、いくら大丈夫って言われても大丈夫と思えない。何度も手を洗うとか、戸締まりが気になって出かけられないとか。
「不安神経症」は、漠然とした不安をずっと感じてて、日常生活がうまくいかなくなっちゃうこと。不安発作があると、パニック障害と呼ばれる。
「恐怖症」特定の何かを極端に恐れる神経症。高所恐怖症とか女性恐怖症とか。
「ヒステリー」は、内面の葛藤が原因で歩けないとか吐くとかの身体症状や、「忘れた」「わからん!」とかって精神症状を起こしちゃうこと。発作があることもある。
「妄想」は、根拠がないのに、本人には確信があって、いくら証明されても説得されてもダメな状態。被害妄想…あいつは刺客にちげえねぇ、関係妄想…マリアが私のために歌ってる。
「思考途絶」突然、考えられなくなっちゃうこと。あたま真っ白状態。統合失調症でみられる思考の障害。
「錯覚」は、実際にあるものを他の物と思っちゃうことで、「幻覚」は実際には無いのにあるように見えちゃうこと。
何が病気で何が症状で何が状態なんだかわかんないでしょ。「なんだかこれ、全部、私のことみたい」と思えてきちゃった人は、まずどっちか考えてみましょう。
「精神病」は、一般に原因が分からないけど、妄想とか幻覚とか、異常な体験が多い。
「神経症」は、性格や環境に関係があるよ考えられていて不安、葛藤、抑鬱などがある。
全部ってことはないってことだと思う。でも、あくまで、わたし用のメモですから。

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2006.01.26

無茶苦茶でごじゃりました。

昨日の夜は『サウンド・オブ・ミュージック』を見るはずが、21:00から始まった『Rock of Classic QUEEN 〜A Night At The Opera』を見てしまったので予定変更になりました。
以前からさんざん言ってるように、私にとってのQUEENは、30年~25年前あたりのQUEENでして、アルバム『オペラ座の夜』は、それこそド真ん中のアルバムなので、見逃すことはできません。
QUEEN、そしてAEROSMITH、KISSは、曲やビジュアルも懐かしいけど、当時の自分たちのバカさ加減がセットで浮かび上がってくるので、今の我が身とのギャップがあるような無いような、恥ずかしいような自慢したいような微妙な気分になるのです。
AEROSMITHなんて、大阪公演が終わったらアメ村とかに繰り出していたんだよ。たこ焼き食べに。それが「Miss a sing」なんてすごい曲作って今も現役大物で、リブ・タイラーも魅力的でって、正直、3つのバンドの今って、当時は予想もつきませんでした。まぁ、先のことを考えること自体、していなかったのだから当たり前ですけど。
彼らが来日するとなると、チケットを取るために気もそぞろ。チケットピアもセゾンカウンターもなかったあの頃は、チケットを発売する音楽事務所の前に何日も徹夜して並んだりしたんでした。大阪厚生年金会館のA列36番が最前列の中央の席。まずはそこを狙うわけです。36番が中央ということは、1列が72席だったんでしょうか。そんな小さな所で彼らのライブを聞いていたなんて、なんて贅沢なんでしょう。
といっても私たちはまだ高校生1年生、徹夜で並ぶなんて許されるわけがありません。そこで、昼間は交替で友人に並んでもらい、私は夜を担当したのでした。
まず、21時頃、両親に「おやすみ」を言って自分の部屋に入り寝たふりをします。そして22:30、こっそり家を出てバスに乗り、駅に向かい、22:50発、そのころ最終便だった難波行き快速急行に乗って、大阪へと向かい、昼間組と交替、一夜を音楽事務所前で一緒に並んでいる人たちと過ごし、始発に乗ってくる友人とまた交替して、私は家へ帰り、7時頃かな、「おはよー」とリビングへ行って両親に挨拶。でも「きょうは体調悪いから学校休む」とか言って寝て、昼前に起き出して、昼休みと午後の授業あたりは学校にいて、下校途中に制服から私服に着替えてまた大阪の音楽事務所前に行き、親に叱られない程度の時間に家に戻る、そして21時頃「おやすみ」…なーんてことを繰り返していたわけです。今、考えると、とんでもないことですね。でも気づかない親も親でしょ。というより、今、そんなことしてたら危険ですよね。昔も危険は危険だったのかな。よかった、何事にもならなくて。
「ボヘミアン・ラプソデイ」なんて曲、ほんとのところ、どこまで真剣にきいていたのか、今となってはよくわかりません。新曲を聞くたび、ビックリしたりうろたえたりしながら、ひたすら追いかけては、茶化していたみたいなイメージがあるだけで。
こないだカラオケで「ボヘミアン・ラプソディ」を歌ってみたけど、思ったほど上手に歌えませんでした。「あの曲をカラオケで?」と思ったアナタが正解かも。でもまた挑戦したいな。挑戦しがいがある曲だし。早く練習、したいなー。

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2006.01.25

♪I have confidence,confidence in me~~~!

昨日の主任君の一言から始まった私の葛藤のおはなしです。
「ワークブックとか必携なんとかってテキストがいいらしいですね」。試験5日前になって、なんて嬉しい情報でしょうね。
「ふーん、私、両方とも持ってない。ワークブックは1冊2千円以上してる上に上下巻だから買わなかった」。すると「あ、そうですか」と、彼は一瞬、気の毒げな表情をしました。しばらくお互いに仕事仕事。そして、
「ワークブックでやったらよかった」「そんなことないですよ。薄い本でも1冊ちゃんとやった方がいいそうですよ」「そーぉ?」「でも、競馬新聞と同じで、どのテキストを選ぶかで変わってくるかもしれませんね」「…………。今からでも買おうかな、ワークブック」「いやぁもう、売ってないでしょう」
刺客だ。こいつはどっかから送られた刺客にちげえねぇ。ちょっと牽制してやることにしました。
「こないだ、去年の試験問題を時間計ってやってみたの。120問中何問できたと思う?」「75問?」
彼は、完璧な不合格ラインを答えやがりました。
「104問。間違ったのは16問だけ」「え! じゃ楽勝じゃないですか。合格間違いないですよ」「でも、過去問をやって、答えを覚えていた問題もけっこうあった」「てことは、ちょっと問題をいじられたらアウトってことですね」。ええ、そうですよ、そうですとも。この受け答えだけ、妙に的確じゃないですか。
確かに、1週間ほど前、合格基準の82問の正解という合格ラインをはるかに上回ったことで、ちょっと切迫感が弛んだのは事実。でも、その割りには社会福祉も、医学も分かってきたという実感がまったくないのです。それは、過去問を使った対症療法的な勉強が中心だから? やっぱりふぁんふあんふあん不安! そこへ現れたこの刺客、どうしてくれよう。
先日、勉強している私に息子が言った言葉。「試験直前になって、ぜんぜん知らん言葉とか出てきて、めっちゃ不安になったりするやろ、イッヒッヒ」。試験に関しては彼の方が経験値が高い。図星! 20歳代の男子ということで、主任君と息子の憎たらしさが完全にかぶりました。
「ワークブックなんかに頼るもんか!」。一応、amazonでチェックして「24時間以内に発送だから最悪届くのがあさって、試験の2日前……」とは思ったけど。
なんて、書いていたら、ついさっき、何となくつけていたテレビ(wowow)で、映画『サウンド・オブ・ミュージック』が始まったのです。私はこの映画のオープニングだけで勇気百倍になれる人間です。始まって数分、思わず食い入るように見ていると、「自信をもって」の曲。「失敗は恐れない。私が役立つ存在だと示さなくては。私はなるわ。力いっぱいやるだけ。みんな私をきっと試すわ。でも負けやしない。一歩ずつ努力したらきっとうまくいく。私にはその自信があるわ!!!」って、びぇ〜〜〜〜、私のために歌ってるよー、マリアがぁ、ジュリー・アンドリュースがぁぁぁ。ありがたいよぉ。
最後まで見たいな、久しぶりに。でも見てたら仕事に間に合わない。いいもん、DVD、持ってるもん。今夜、見よ。まずは態勢の建て直しが必要だい。

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2006.01.24

我が家的一喜一憂

昨年末、購入した例の電子オーブンレンジ、売れました。ヤ○ーで2回オークションに出したけど買い手が付かなかったので、ら○てんに替えてみたら売れました。買った値段より千円下げて出してたんだけど、結局500円、儲かってしまいました。
息子にメールで「売れたよ。儲かった500円の半分、250円をあげる」と伝えたところ、けっこう嬉しそうな返事が返ってきました。別に250円が嬉しいということじゃなくて、「短い間だったけど、うちにいて、箱に入れられたままのレンジ君を迎えてくださる人がいて、思いがけず儲けが出たなら、家族2人で分けさせてもらうよ。お前のことは忘れないよ」的な。
だいたいにおいて、うちではそう。パソコンや主要な家電、衣類、置物類には名前が付いています。例えば息子が久しぶりに帰ってきたとき、洗面所にコンセント式の芳香剤が置いてあると「見かけん奴がおるなぁ」と言いますし、私が買ったばかりのヤカンに埃よけのカバーを掛けているのを見たときも「お前、大事にされてんねんなぁ」、新しいぬいぐるみが置いてあると「誰やお前」と話しかけております。
もちろん、落とせば「ゴメン」です。食器でもリモコンでも。
ならば、さぞかし物を大切にする親子で、うちの中は美しく手入れされているとなりそうなものですが、それはそうもいかないのが世の常、足のツメ。2人とも、元々無精なもんだから、散らかしたり、埃だらけにしちゃうのは、むしろ自然な形になってまして、「あ〜あ」と思いながらも、片づけることができなかったり、本来の姿にできないときは、やーな気分にTSUNAMIのように襲われます。
久しぶりに帰ってくる息子は自分の部屋に最近は入ろうともしません。「ギターやら、本やら、アンプやらが『片づけて〜』って泣いてるで〜〜〜」と言ったら、本人が泣くかもしれません(注:21歳です)。
私の居住空間は、最近、わりとましになっったとはいえ、年末の大掃除もしなかったし、何とかしたい場所や物がいっぱい。息子の部屋にいたっては、廃線になった鉄道の終着駅のようになっていて、何だか悲しいです。
息子よ、これを読んでますか。2月のはじめには大掃除しようね。片づいたときの爽快感を誰よりも晴れがましく思える私たちなのだからね。

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2006.01.23

私と父とお相撲と

いやぁ、盛り上がった盛り上がった。スタッフ3人は立ちっぱなし、「よっしゃぁ」「いけええええ」「ぎゃあああああ!」と大騒ぎ。
きょうは栃東復活優勝記念ってことで、昔、書いた文章をリバイバル公開してみましょう。
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 父と相撲をみる
大相撲の春場所が始まった。このところ、ものすごい相撲人気なので、今まで騒がなかったカエルまでスモウスモウと鳴いている。
父はもう何十年も場所ごとに相撲を見てきた人だ。当然ながら相撲もずっと行われていたのだ。私が気にしていなかっただけで。
テンテンテン、テンテテンテンというカンにさわる太鼓の音、ふとった身体、ほとんど出してるオシリ。こんなものを国技としている日本を恥じて、アメリカ人に近づくことで、乙女は毛嫌いした後、相撲を忘れた。
その乙女がおじいちゃん、じゃなかった父と共に相撲を観たのは。父が入院しているベッドの脇だった。
たしか1年くらい前くらいかなと思う。(なんせ、小入院を何度も繰り返す父なので、いつ頃の何回目だかさっぱりわからない)。家から比較的近い病院で、父の数少ない娯楽の新聞を朝と夕方、私が届けていた。まだ入院に慣れていなかった頃は、見舞いに行ってもすぐに「もう帰ってええで」「やること、たくさんあるやろ」と追い返していた父が、いつの頃からか、そう帰れと言わなくなった。しかし父と娘の会話なんて、そうすすむものではない。それも毎日なので、子どもの話もつきてしまうし、親子で天気の話ばかりもしてられない。そんなある時、父が相撲をテレビで見ていた。音は聞こえない。父はイヤホーンで聞いている。私も仕方なく画面を見ていたが、わからないことが多すぎてちっとも面白くない。
「なんやあの人、性格悪いなぁ、相手の人にメンチきってはる(睨んでいる)で」
「あれはあないするもんなんや」
(中略)
父がイヤホーンをはずして、小さく音を出してくれる。
「こいつが塩まきよんの、見ときや」
「いや、むちゃくちゃまかはった」
その時の入院は相撲で話題がもったのであった。しくみがわかってくると、大抵のことは面白い。最近は、一人の時でも相撲を観ている。好きな力士もできた。旭富士、好きになったとたんにやめてしまった。すごい取り組みがあった時は、父が見ている部屋まで走っていく。「今のん。みてた?」
夜、外出から帰ると父にきく。「ワカちゃん、勝った?」「負けよった。小錦なげようとしよったんや、ほんでつぶれてしもた」「ものすごい作戦やな」「作戦とちゃうやろ、たまたまやろ」。
先月また2週間ほど父が入院していた。たまたまベッドがなかったせいか、かなり容態の深刻な人ばかりがいる病室だった。父以外の人は管だらけだ。父がやけに元気そうに見える。
「パパなんか、病人としては、幕下やな」と言ったら「ほんの序の口や」と言った。
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人間、成長しているつもりでも、あまり変わってないもんですね、考えてることも、やってることも。1992年3月に書いているので14年前、父が亡くなる3年前の文章でございました。

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2006.01.22

不思議なこと、その1

夜、パソコンの前で1日着けていたピアスを両耳からはずし、キーボードのあたりに置く。そのまま就寝して翌日、パソコンの前に行くと、そこにあるピアスは片っぽだけ。
置いたあたりを探す。落ちていないか床を探す。紛れ込みそうな場所を探す。でもない。
最後には「ここしかない」と思って、重たいパソコンのディスプレイを斜めに持ち上げてみる。するとそこにピアスの片っぽが2個。1個はずいぶん前に外出先で落としたはずの物。1個はなくしたと思っていなかった物。探してるピアスは見つからないまま。まるでセロの手品。うちで誰がやってんの?
結果的に1個なくして、2個出てきたから1個増えたわけで、いいけどさ、不思議は不思議なまま。
たぶん、またしばらくすると、なくなっているピアスもどこかから出てくる。でもそのときに、私は「あ、こんなところにあったぁ」で終わらせたくない。絶対にこの謎を解き明かしてやる。そのためにも、失った日と状況をしっかりと記憶しておかなくては。
百均で買ったピアスだからって関係ない。「マーフィだ」なんて片づけ方はイヤだ。

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2006.01.21

電子辞書

私の電子辞書には、50種類の辞書が入っています。いつもパソコンの前か食卓に置いてあって、わからないことがあると辞書で引いて確認します。実に賢いやつです。たいていのことは教えてくれます。主に使うのは広辞苑、英語系もバッチリ、百科事典も重宝してます。名前はパウロと言います。由来は、目玉が付いた、つまり開眼した日が先代ローマ法王の亡くなった日だったことによります。
息子の電子辞書にはフランス語の辞書が入っています。大学1年の時、第二外国語がフランス語だったことが大きな理由です。入っている辞書の種類や数は少ないのですが、英語系がパウロより充実しています。しかもフランス語を喋ったりもします。
先日、息子がしばらくの間、交換してくれないかと言ってきました。レポートを書くのに、百科事典が入っていると便利だというのです。パウロとの別れは寂しかったのですが、お勉強のためとあっては仕方がありません。交換してあげました。
名前が無かったので、アンドレと付けました。フランス語を喋るんですからね。そして目玉も付けてやりました。
介護福祉士の受験にも電子辞書は役立っています。「恤救(ハイ、読めた人!)」とか「跛行("ヒコウ"で引いたら"ハコウ"の誤りと出ました)」なんて聞いたことねぇ言葉を広辞苑で引いたり、「rehabilitation」とかレスパイト・ケアの「respite」、ピア・カウンセリングの「peer」を英和で引いたり。
「障害者福祉法」「老人保健施設」なんてのも教えてくれますが、情報が古いので信頼するのはちと危ないです。「介護保険」はかろうじて知っていますが「認知症」「統合失調症」となると、もうさっぱりわかりません。言葉が生まれたのが最近のことだからですね。IMGP3563
そのパウロとアンドレが久しぶりに顔をそろえたので、並べて写真を撮ってあげました。どうです? かわいいでしょ。ウフフ。あ、向かって左がパウロで、右がアンドレです。お間違えなく。ウフフ。

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2006.01.20

法律の抜け道

「抜け道」は、近道、逃げ道で、転じて逃れるべきてだて。言いぬけの手段として広辞苑に載ってます。
法律って「……とは」って定義が必ずありますでしょ。こないだちょこっと書いたのは「障害者基本法」の「障害者とは」。「障害者基本法」は、障害者のことを総合的に決めてある法律(だと思う)。関連法律がいっぱいあって、「障害者の雇用の促進に関する法律」ってのもある。そこにも「障害者とは」ってのがあって、「身体障害、知的障害または精神障害があるため、長期にわたり日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける者」とあります。そして、障害者の雇用を促進するため、「法定雇用率(障害者数÷従業員数)」が設定されていて、一般事業の場合は1.8%です。
ここで問題です。「精神障害者は、法定雇用率を算定する際の被雇用者数に含まれている」は、○か×か。
答えは×。「法定雇用率制度」には「……進んで身体障害者または、知的障害者の雇入に努めなければならない」とあって、精神障害者は含まれていません。
事業主は、法定雇用率を達成していれば、障害者雇用調整金、報奨金とかがもらえたり、達成していなければお金を払わなければならない場合もああったりします(従業員数とか達成率で変わります)。精神障害者は障害者だから、雇用は促進するけど、具体的な、お金が動くような施策の場からはちょっとはずれてもらいましょう、ってことでしょうか。
そいでもって「社長、精神障害者は雇ったって意味無いですよ」と耳打ちできるのが、法律の抜け道を知った頼りになるコンサルということになるのかな。
だいたい、精神障害者が障害者基本法の障害者に仲間入りしたのも平成5年ってんだから、障害者福祉の長い歴史から見たら最近だわね。
しかし、この問題、実は昨年、改正が決まっていまして、今年の4月から精神障害者も雇用達成率の対象になります。メデタシメデタシってか、遅いんですけど!
従って9日後に迫った試験にもたぶん出ません。だって改正と施行の時期が微妙すぎるもんね。ちょっと前の問題集なら載ってない。そんなややこしい問題、たぶん出ない。
ですからね、受験をする皆さん。こんなことに時間かけてこだわってるより、出そうな所を勉強しましょう。そして、「このブログの内容については一切責任もちません!!!」ので、そこんとこはよろしく……って、この一文も抜け道ですね。

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2006.01.19

すけさん、角さん、もう少し様子をみていましょう

起きたら8時まわっていました。9時間寝ちゃってるじゃん。も〜〜。アタマイタイ、自業自得。
テレビを付けたら堀江さんだらけ。も〜〜〜〜〜。ダメなことをしていたわけね。今も続いているわけね。間違いないわけね。
私が堀江さんを好きかどうかは自分でもよくわからないけれど、「堀江さんが嫌いという若者」は何となく応援、「堀江なんてダメだという中高年以上」の拒絶反応にはあまりいい気分しないな、って感じでした。
だから「ああいう奴がいてもいいんだよ」「俺は応援してるよ」なんて言っちゃってた大らかな中高年以上の方々が、今、残念な気持ちになっているかもしれんなと思うと、私も寂しいです。
「人をだます」のは、私のなかで犯罪です。世の中でもそうでしょうが、犯罪と言っても、私的には何となく許している犯罪もあるなか、世の中も私も許しがたい犯罪です。
個性で対応できる範囲なら、心広くありたいと思っていますが、やっちゃいけないことをやったらダメです。たとえどんなに好きな人であっても「かばいようがない」。そういう悲しい思いを、周りの人にさせてはダメです。
堀江さん、こんなときこそ、ブログ、更新しなくっちゃ。

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2006.01.18

8時間寝れば大丈夫

このほど、私の適正睡眠時間が8時間なのだということがわかりました。ちなみに、この時間には寝る前の読書タイム(20分~30分)が含まれているので、実質的には7.5時間かな。1.5時間×5です。
友人に「5時間寝れば大丈夫」という人がいたり、『朝2時起きで何でもできる』なんて本(の表紙と帯)を読んだりすると、ひたすら自分を責めていた私でしたが、人には個人差というものがあるのです。「7時間も寝たのにまだ眠い」と悲しんでいるより、8時間寝ることを前提に、1日2〜3時間の遅れは他の方法で補えばよろしいと考え、「8時間寝ないとダメ」ではなく「8時間寝れば大丈夫」とすれば、前向きな響きもあってとってもよろしいじゃありませんか。
実際には、大人になってから8時間の睡眠を確保するというのはけっこう厳しいこともありますが「8時間寝た方が、結局あとの効率が良い」とわかった最近は快調です。幸い、私の場合、不足した分はその翌日とか翌々日にちょっと多めに寝れば復帰できます。誰だって徹夜した翌日、2日分寝る必要が無いように、少し多めに寝ればすむのです。スケジュール帳を見ながらそれなりに計画的に睡眠をとっていけばいいのです。週換算で56時間。それでいきます。
「5時間睡眠で大丈夫」な人からは、遅れること1週間で21時間。ま、まる1日だ……、そう考えるとちょっときついので、もう考えません。起きている時間、いかに過ごすか、そこを考えてやっていきます。
聞けば、アインシュタインも8時間以上寝ていたそうです。人一倍アタマを使っていたから、それらを脳に定着させるのに時間がかかったのではという説もあるそうです。「やっぱりね」って感じがします。私もその説を支持します。

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2006.01.17

こんな出逢いじゃなかったら、

ひょっとしたら私の好きな世界だったかもしれない、法律って。なんかちょっとパズルみたいなとこがあるでしょ。とりあえずって感じでやってみたって正解になんて近づきやしない。少しやってみて、さっぱり進展しないと「もういいや」って、なんか腹立ってくる。「これ作った人間は、異常だ」とか思いはじめる。「で、要するにどうなんだか、誰か教えてよ」ってのが今の私、アハハハハハハハハ……ウェ〜〜〜ン。
しかし、そんなことばっかりも言ってられない。試験の傾向と対策を読むと、必ず書いてあるのが「改正になった法律についての出題は必ずある」ってあるんだもん、ビェ〜〜〜〜ン。
なので、社会的に大きな話題となった(らしい)障害者基本法から食べてかなくっちゃ。そして「どうやらこのあたりらしい」とたどり着きました。どうやら18種類くらいの改正がされた(らしい)んです。そこを押さえればいいわけですが、なんせ元がわからないから、知らない歌手を真似てるモノマネを見てるようなもんです。
実際の条文(っての?)で見ていくと、「障害者の定義」では、「この法律において障害者とは身体障害、知的障害又は精神障害があるため、長期にわたり日常生活に相当な制限を受ける者をいう」の「長期にわたり」が、「継続的に」に変わった(らしい)。
「基本理念」では、「すべての障害者は、個人の尊厳が重んぜられ、その尊厳にふさわしい処遇を保障される権利を有するものとする」の「処遇」が「生活に」、そして「有するものとする」が「有する」に変わった(らしい)。他にも「与えられるものとする」が「与えられる」、「調査研究を」が「調査及び研究を」に変わった(らしい)ってのもありました。
ちっちゃな言葉の選択でニュアンスが変わったり、方向性が大きく変わったり。こういう細かさって、私、やっぱり好き。条文同士が複雑に関係しあっていて、言われる通りにたどっていくとちゃんとそこに答えがあるってのも、暗号解読みたいで楽しいです。
豊富な時間と、快適な空間と、好きな食べ物と、たくさんの休憩時間を与えてもらえるのなら、ずっと法律と付き合っていくの、悪くないかも。「あと2週間で膨大な量」ってなってる現状ではお手上げですけれど。

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2006.01.16

私はそれを奇跡と呼ぶんだぜ!

介護は、「施設から在宅へ」の時代だし、在宅医療の必要性も高まってきているし、介護福祉士さんにも医学の知識が必要です。でも、私が医学をお勉強することになるとはね。不思議な感じです。そしてお勉強すればするほど、人間の身体ってうまくできているんだなと実感します。というより、「ホントにこんなことやってんのかな」と疑いたくなるほど複雑で、JRのダイヤグラムなど及びもつかないほど、絶妙です。健康な肉体、健全な精神って、奇跡に近いと感じます。すべてが無事に機能するってスゴイ。時にはいたわってあげないといけませんよ。そろそろインフルエンザも流行りだしているようです。皆さん、どうかどうか、ご自愛くださいませね。
きょう、久しぶりに電話した京都の会社で、電話をとって下さった方に「社長を」とお願いしたところ、出てきたのは社長の不在を知らせるF井さん。最初の言葉を聞いたときに、声とかしゃべり方ですぐにわかりました。随分、間が空いたのに、あちらもすぐにわかってくださって。それだけのことなのに、とても嬉しい気分になりました。
思いがけないことでショックを受けることもあるけれど、それも、私の日常が奇跡的にうまくいってるからなんだ。
きょうの午後の身体のだるさも、何か原因があるんだろうな。私の身体のなかではそれなりに修復作業が進んでいるのかも。体温を計ったら37.1度。う〜〜ん、微妙。

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2006.01.15

ハートビル法

1994年に交付された「高齢者身体障害者等が円滑に利用できる特定建物の建築の促進に関する法律」のこと。特定建物とは、博物館、美術館、病院、老人福祉センター、ホテル、劇場等のことである。

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2006.01.14

小龍包

昨日、家に帰ったらテーブルの上に神戸元町中華街&有馬温泉のおみやげが置いてありました。息子っちからのものです。何のメモもありませんでしたが、私は即座に冷蔵庫、次に冷凍庫をチェック。そこに豚まんと小龍包を見つけて躍り上がりました。大好物なのです。早速、両方チンして食べました。さすがの味にニンマリです。特に小龍包がとってもハウチー。何がおいしくてこういう味になっているのかよくわからないのだけれど、とにかくハウチー。まず2個、さらに2個。IMGP3558
でも小龍包の醍醐味って、「口の中で噛んだとき、肉汁がジュワ〜っと広がる」とかってやつなんですよね。実は私、今まで何度かあちこちで注文して食べてきたんだけれど、その感覚はまだ味わったことがないのです。今回も最初の2個はチンの秒数が微妙に足らず、けっこう熱かったけど肉汁はそれほど無い状態。次の2個はチンしすぎて、肉汁が上部の穴(写真でわかるでしょうか)からお皿にあふれちゃってる状態。おいしかったけどちょっと気持ちを残したまま、迎えたきょうの夕食でした。
まず最初の2個は、チンの秒数は良かったと思うんだけど、熱いからハフハフしているうち、食べ終えてしまい、次の2個は、秒数足らず。うちのレンジは15秒感覚で設定できるのですが、この2個をチンするあたりでは、3秒単位で取り消しボタンを押すか、押さないか!の緊迫状態。結局、5秒の再加熱でまたハフハフになってしまいました。
そしてとうとう最後の2個。秒数をちょっと多めにして少し冷ましてみることにしました。肉汁があふれ出ちゃうギリギリのチン! 冷ます時間を利用してブログ用に写真撮影。ここで電話が鳴りました。友人の急逝を伝える電話でした。続いて電話を1本、メールを1本。その間、いろんなことが思い出されてグズグズ泣きました。それから、冷めちゃった2個をとりあえず食べました。気がつくと食べ終わっていました。胃が大量の油を消化しきれず、動けなくなっているような感じが続いています。

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2006.01.13

歌詞の意味がわかる瞬間

少し前のこと。職場の風呂場で、と書くとなんか妖しい仕事みたいですが、グループホームですのでね、入居者さんが入る普通のお風呂があるわけです、職場に。で、その風呂場で洗濯物を手洗いしていたとき、リビングルームから入居者さんとスタッフの歌声が聞こえてきたのです。「夏がくーれば思い出すー」とか、「夕空晴れて秋風ふきー」とかですね。その何曲目かで『母さんの歌』が聞こえてきました。そのときです、私は初めて、あの歌の詞の意味を理解し、ボロ泣きしたのです。誰にも知られず、ゴム手袋で涙をぬぐい、ハイターが目に入って、目が痛くなって……。
ともかく、それまで何度も何度もあの歌を歌ったり聞いたりしてきていて、実はあまり好きな歌ではなくて、結婚式の花束贈呈のときもわざと外して『夕焼けこやけ』にしたくらいだったのですが、初めて歌われていることの意味がわかり、状況が浮かんできたのです。そしてボロボロ。
「母さんが夜なべをして手袋編んでくれた」、ここまではいいですね。そして「木枯らし吹いちゃ、冷たかろうて、せっせと編んだだよ」って、これは母さんからの手紙の内容なんですね。知ってましたか、皆さん! そして次「ふるさとの便りは届く、いろりのにおいがした」って、母さんがいろりのそばで書かいた手紙だから、母さんから届いた手紙からいろりのにおいがしたんですよ。そのにおいに、ふるさとの家、いろり、母さん、そして「土間で藁うち仕事」をしている父に思いをはせる。2番の「お前もがんばれよ〜」も手紙の文で、「お前も」ってことは、母さんも父さんも一生懸命仕事をしている。この寒い中、そして息子に手袋を編んで、手紙を書いて……、その手紙にはたぶん、夜なべをしたとは書いていなかったと思いませんか。でも息子にはわかる。仕事を終えてから、寝ないで編まれた手袋だということが。息子はそんな母と父に「せめてラジオ聞かせたい」と思う……。うぅ、こう書いているとまた泣けてきます。
文章に書くと、そのまんまなんですけどね、それがどうしたって感じなんですけどね。すごく衝撃的だったんです、歌詞がわかったその瞬間。

そういえば、以前、友人Dが、やはり「初めて歌詞の意味がわかった!」と興奮していたことがありました。「別れた人に会ったんだよ。別れた渋谷で会ったんだ。別れた時と同じ、雨の夜だったんだよ!」って。
その時はよくわかりませんでしたが、今は、興奮していたDの気持ち、とってもよく分かります。
わかるかなぁ、わっかんねぇだろうなぁ。

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2006.01.12

習慣と誇り……じゃなくて、

かまやんのブログで知った文章
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私はいつもあなたのそばにいる
一番頼りになる助け手でもあれば、あなたが背負う最大の重荷でもある
成功への後押しもすれば、足を引っ張って失敗にも導く
私はあなたの命令次第で動く
あなたのすることを私に任せてくれれば
私は素早く正確に片付けてしまう
私の扱いは簡単
しっかり指示すれば、それでいい
どのようにしてほしいのかを明確に示してくれれば
少しの練習のあとで自動的にそのことをこなす
私はすべての偉人の下僕であり
そして残念ながら、すべての失敗者の下僕でもある
偉大な人が偉大になったのは私のおかげ
失敗した人がしくじったのも私のせい
私は機械ではないが、機械のように正確に
そして知性あふれる人間のように賢く働く
利益になるように私を使うこともできれば
破綻をきたすように使うこともできる
私にとってそれはどちらでもよい
私を利用して訓練し、しっかりと指示してくれれば
世界はあなたの足もとに届けてあげよう
しかし、私を甘く見れば、あなたを滅ぼすだろう
私は誰だろうか?
私は習慣である

(『習慣』作者不詳)
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そしてもうひとつ、

私はいつもあなたのそばにいる
簡単に取りのぞくこともできれば、一瞬で部屋中にばらまくこともできる
あなたが運んでくるものであり、堆積させるものでもある
私はあなたの行動次第で消える
あなたが何かするたび一手間かければ
私は素早く正確に片付いてしまう
私の扱いは簡単
いつも気にかけていれば、それでいい、しかし!
どのようになってほしいのかを明確にイメージしても
少しの怠慢のあとで自動的に元通りになる
私はすべての物に降り積もり
そして残念ながら、すべての人の嫌われ者でもある
くしゃみが出るのも私のせい
すっきりしたのは私が消えたおかげ
私は生き物ではないが、生き物のようにしつこくて
機械のように公平である
私を消すために掃除機を使うこともできれば
クイックルワイパーを使うこともできる
私にとってそれはどちらでもよい
いつも意識のなかに私の存在をおいて
それらを利用すれば
私はたやすくあなたの足もとから消えてしまう
しかし、私を甘く見れば、すぐまた元通りになるばかりか、
どうしようもないほど、ガチガチに固まって動かなくなる
私は誰だろうか?
私はハウスダストである

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2006.01.11

ストレスが世界をダメにする

本日の勤務中、猛烈な吐き気と胃の痛みをおぼえました。ちょうど、主任君が私に、日本の高齢社会の現状についてレクチャーを始めた直後のことでした。彼は福祉系の学校を出ているので、受験前の私にチョコチョコと参考になるような話をしてくれたり、役に立つ情報をくれたりしてくれるのです。私に気があるのでしょうか、いいえ、それはありえません。
台所で洗い物をしようとしていた時だったのですが、私はスポンジを置いて座り込みました。主任君は「大丈夫ですか」と言いながら替わってくれました。そして私の症状があまりに突然だったからでしょう、「僕がした話が悪かったのかな」としょんぼりした後、「受験がものすごいプレッシャーになってるんじゃないですか」と気遣ってくれました。
私は「そんなバカな」と答えながらも、ひょっとしたらそうなのかなとちょっと思いました。「自分ではそんなつもりないんだけど」「でも無意識のうちにプレッシャーになっていたりして…」と考えるうち、「そうだ、そうに違いない。受験が私のストレスになってる!」と確信を持つに至りました。
きょうは13時までの勤務だったので、何とか終えて家に帰っても体調は悪いまま。で、横になって休んでいたら、ふと思い出しました。吐き気の45分前に貧血の薬を飲んだことを。
前にもあったのですが、私が飲んでいる貧血の薬は空腹時に飲むと吐き気やだるさなどの副作用が出ることがあるんです。以前は気をつけていたんだけど、最近は大丈夫だったので、今朝、飲み忘れた分をおなかペコペコの11時15分に飲んだのでした。
「あのせいか」とはっきりと原因がわかりました。受験がストレスになってるわけでもなく、無意識のストレスに胃を壊すような繊細な人間でもなかったです。わかってみればなんてことない。でもストレスって正体不明だから、ストーリーが簡単にできてしまう。「無意識のうちに」なんて言われると、反論しようがないもんね。それがストレスになるっつーの。でも、そういうことだってあるだろうから、軽視ばかりもできないし。まったくやっかいなことです。

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2006.01.10

○×のコツ、これ基本?

「すべて」とか「すぐに」とか「必要はない」「考えなくてよい」とか、極端に言い切ってる文章はかなりの確率で×なわけね。「減塩が必要なメニューを作成する場合、すべての品目を薄味にするほうがよい」みたいなやつ。でも「部屋を暗くした方が睡眠が深くなるので睡眠時、居室の照明はすべて消す」とかって、「○○だから〜〜だ」って言われると「○○だから」の正しさで「これは正しい」と思ってしまいそう。
「アルツハイマー病の人で以前ティッシュを口に入れたことがある人がティッシュを手にとったので、すぐに取り上げた」なんてのも引っかかりそうだけど、ティッシュは手に持って使うもんだもんねぇ、「すぐに」取り上げちゃぁいかんわねぇ。
あと、どんなに正しそうなことでも、介護者の考えだけで決定しているようなのは×っぽい。「レクリエーションに参加させた」とか、「便利そうな福祉用具を見つけたのですぐに購入して与えた」とか。主体はご本人と落ち着いて考えれば基本だけれど、こういうのって家族介護の場ではけっこうありそう。テレビのコマーシャルでもやってるもんね「ポリデント、していけばいいのに」って。気持ちはわかるけど、本人が「いらない!」って言ってたら「のに」はいかんです。CMの爺ちゃんは大丈夫そうだけど。
おかげさまで、この辺りの○×は90パーセントくらい、当たるようになってきましたよ。ただ、引っかけには相変わらず弱いです。その場の雰囲気とか、なりゆきってのには昔から弱いんですよね。関係ないかなぁ。

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2006.01.09

盆栽が来たっちゃ!

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私が勤めているグループホームの主任君から盆栽をいただきました。もうかれこれ半年ほど前のこと、職場で盆栽が特集されていた雑誌を見ていて「きゃ、かわいー、こんなのほしーな〜」と猫ニャン声を出していたら「僕の父に言ってみましょうか」と思いがけない言葉をもらい、以来、待つともなしに待っていた物。途中、希望の樹木、っていうのかな、「ありますか?」って聞かれたけど、「いただけるのなら、何でもいいです」と謙虚にお答えしていたところ、届いた「五葉の松」君であります。
随分、立派ではありませんか。小さいのに幹が太くて、ぐにゃっとしているあたり。実は、「盆栽をもらう」とはしゃいでいたところ、私よりも、盆栽を良く知る何人かの人が「枯らしなや」と言うもんだから、「これはえらいことになった」とビビッてもいたのです。
が、とにかく来たからには育てなければ! と、早速、本屋さんで盆栽の本を立ち読み。帰ってからはネットで情報収集。盆栽を置くためにベランダも掃除、と大忙しであります。
しかし、きょうという休日、こんなふうに浮かれてベランダを掃除している場合であったのかな? いいのか?私!
いいのです。人生、思い通りにいかないところが面白い。
「松っつぁん」と名前を付けました。今は家の中にいるんだけど、寒さには強いらしいから外に出した方がいいのかなぁ。きょうは水をやった方がいいのかな、ダメなのかな。「ねぇ、どうなの?松っつぁん」と話しかけている、幸せな夜であります。

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2006.01.08

1週間の……、

今から思えば1週間、心を奪われていました。「サザンの年越しライブ」待ちモードだったクリスマス・イブから大晦日あたりまで、小田和正さんに。
クリスマス・イブの深夜に放映されたライブ「クリスマスの約束〜大好きな君に〜」はとっても素敵なコンサートでした。旅から戻った息子にも、「浮気しそうだった」と告白をしたのですが、録画してあったライブ映像を見て、「わかるような気がする」と……。
思えば、優が私のおなかの中にいた時のことです。友人が持ってきてくれたオフコースのライブのビデオに私はもろはまりしたのでした。顔面からボタボタ汗を流しながら歌う小田和正、しかも確か「言葉にできない」を歌いながらぐずぐずと泣きだした小田和正に。
何度も何度も、まるでストーカーのようなしつこさで見ていました。それが私の初オフコース。あのビデオは今も売ってるのかなあ。DVDでも出てるのかな。いつの、どこのライブだったんだろ。武道館ライブというやつかなぁ。今、見たらどんな感じかな。もう一度、見てみたいような、今さらって気がしないでもないような。
こないだ見たライブでは、あの頃の曲もけっこう入っていたので、余計にやばかったんですね。そして舞台袖で待つ中居君に「だいじょぶか」と聞いたときの、あの感じ。ああいうのに弱いです。一時の気の迷いといえば、そうなんですけど、桑っちょに、頼りなさ、青さを感じたりなんかして、心揺れてた1週間でありました。
「ど〜で〜もい〜いで〜すよ」って、聞こえてきそうだぁ。

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2006.01.07

選べるわけじゃないけれど、

お勉強をしていたら、ライカードという心理学者さんによる、老人のパーソナリティ・タイプの分類ってのがあって、ちょっと興味を引かれました。「定年退職後の男性の分類」としている資料もあったので、主に男性に当てはまるものなのかな。内容に責任は持てませんが、ちょっとご紹介しましょう。
タイプ1.円熟型(mature)
年をとった自己をありのままに受容し、人生に建設的な態度をもつ、積極的な社会活動を維持し、そこに満足を見いだすというタイプ。
タイプ2.依存型(rocking chair)
万事に受動的で消極的なタイプ。責任から解放され、老人としていたわられることを好む。依存的欲求の充足が満足をもたらす。
タイプ3.防衛型(armored)
老化や老衰に対する不安と拒否が内在しており、その反動として積極的な活動を維持し、若さの証しとする。
タイプ4.自責型(self-hater)
過去や悔やみ、自分の不幸や失敗に対して自分を責めるタイプ。うつ状態に陥りやすい。
タイプ5.他罰的憤慨型(angry man)
自責型と反対に自分の不幸を他人のせいにし、他人を非難攻撃するタイプ。
ま、誰だって「円熟型」になりたいですわな。でも、そこに執着しちゃって、じたばたすると、どんどん「防衛型」に近づいちゃう。でも、ライカードさん、円熟型、依存型、防衛型も適応型として分類しておられるので、そこでちょっと救われる感じです。依存したって、防衛したって、それはそれで人生いろいろ適応もいろいろなんですね。
そして誰だって、自分を責め続けたり、他人(といってもたぶん身近な人)を責める人生なんて送りたくはないだろうけど、そうなっている人だって、そうなりたくてそうなってるわけじゃない。少なくとも、今、すでにそうなってる老人はそう。「うちの爺さん、典型的な他罰的憤慨型だよ、たまんねーなぁ」なんてことは絶対に言わないでくださいよ。
これからの人は、予防で何とかできるのかもしれないんだから、人のこと、言ってる場合じゃないです。

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2006.01.06

調子、狂っちゃう

年末年始、10日間の旅に出ていた息子が帰ってきました。旅の前もあまりうちに帰ってこなくなっていたので、ホント、久しぶりな感じ。交わした挨拶も「ご無沙汰〜」。リクエストは「白味噌のお雑煮」。おせちなどは、もらい物以外、一切、用意しない我が家ですが、白味噌のお雑煮だけは食べるンです。明日はもう七草ですが、うちの食卓はきょうやっと元日っぽくなりました。
お雑煮を食べて、一息ついてからは、息子がいない間に、彼の寝ていたスペースがすっかり物置に化してしまっていたので、ふとんを敷いたり、2人分の夕食を作ったり、お互い、たまっていた情報を交換し合ったり、何だかゆっくりできないというか、落ち着かないというか。長年、2人で暮らしてきた母子家庭なのに、一緒にいることが大変になってます。1人が2人になるわけだから、倍だもんね。4人家族が8人家族になるようなもの、そりゃ大変なわけだ。
なので、きょうは、旅のみやげ話、イチローやサザン、小田和正、中居君、その他もろもろについてを肴にさんざんしゃべりまくったので疲れました。明日早いので、もう寝ます。

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2006.01.05

雑誌:papyrus2月号

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幻冬舎の偶数月に発行されている雑誌です。「『特集:桑田佳祐』は読み応えがある」というネットの噂を聞き、買ってみました。16ページから始まった特集でしたが、読み終わったら41ページになっていました。インタビューの日、数時間の間に録られた写真も、他の雑誌ではなかなか見られない表情やしぐさでgood。噂通り、読み応えのあるインタビューは、ほとんどが桑田さんの問わずがたりみたいな形式で書かれ、聞き手の言葉は説明的に少し入っているだけだけど、きっと実際のインタビューは、かなり上手な誘導で桑田さんの語りが引き出されながら進んだんだろうな。力のある聞き手(書き手)の方なんだろうな。テクニックの力だけじゃなくて、たぶん桑田さんはこの方に、受信力というか、咀嚼力みたいなものを感じたんじゃないかな。この方のおかげ、この特集のおかげで、年越しライブを見た感動がじわ〜んと裾を伸ばしました。いい感じです。感謝、感謝。
イチローが犯人の「古畑任三郎」のCMの時に、買ってきたばかりのpapyrusを開いて読み始めたわけですが、読んでいくうちにイチローも古畑さんもアタマから消えてしまうこと、しばしば。HDDに録画してあるから、その都度、わかる所まで戻して再生(HDD録画だからこういうことができるの、嬉しいですね)、耳で聞きながらインタビューを読み進めると、また古畑さんの内容がわからなくなる、ということを繰り返しているうちに12時近くになってしまいました。
両方とも大好きで集中したいものなんだから、テレビを切るか、雑誌を閉じるかすればよさそうなものなんだけど、それなのに「ながら」を続けてしまう、筋金入りのながら族な私。結果、どっちも中途半端にしかキャッチできてないんだけど、どちらも、これから満足するまで何度も何度も繰り返して見たり読んだりできるものですからね。
好きだから、なるべく時間をかけて味わいたい、できればワクワクを長引かせたい。そんな気分のときは、あんまりガツガツいかず、ちょっとずつ、 とろとろって感じでいく……、いいんですな、これがまた。

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2006.01.04

ごめんね私が馬鹿だった

年末年始と勤務が続いてきょうは初のお休み、おまけに連休。ってことで朝から開放弦でが〜〜ん(アハハ、弾けもせんのに)、サザンの年越しライブをじっくりと見る、一足遅れのお正月な1日でした。
だけども、曲のセレクションや構成がいまいち好みでなかったのと、高音域はフラット気味、低音域はとばしちゃうみたいな、けっして良いとは言えない桑田さんのヴォーカルに、最初の4〜5曲はグチグチ言いながら見てました。
それが「愛と死の輪舞(ロンド)」あたりから、やっぱカッコイイナーと思いはじめて、少し自分の姿勢を反省もしたあたりから、引き込まれていきました。そうなんです、小田和正氏や井上陽水氏みたいに、美しい安定ヴォイスと違って、限界点ギリギリでシャウトする桑田さんだから表現できる世界が好きなんだし、ロックを感じちゃうんですものね。やっぱり『キラー・ストリート』という、私好みのアルバムを作ってくださっただけのことはあるんです。ギターを弾いてるとこも、とってもカッキー。
このライブの模様はあのインターネットテレビ「Gyao」で無料配信中みたいだから、WOWOWを導入しておられないWindows野郎はご覧になってみてください。Macは非対応なので私には見られません。
極めつけは、アンコール2曲目の「TSUNAMI」でした。フラフラッとした歌い出しで一瞬ハラハラっとしましたが、そのあとの全身全霊を込めてって言葉がピッタリの熱唱は感動もの。身体をふるわせ、声を振り絞って歌う姿がステージ後方からのカメラで写されたシーンでは、胸がキュウ〜ン。
テレビ画面をカメラで録るなんて、恐ろしくアナログなことに私も全身全霊をかけてみました。この波紋入りの写真を胸に2006年、私も磨くぞ、歌唱力!って……、そっちかよ。
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2006.01.03

どっちがどっち

以前の私には考えられなかったことだけれど、去年と今年は、箱根駅伝を必死になって見てました。だいたい、スポーツにそれほど興味がないんですけどね、おまけに駅伝は長いし。
それが、昨年と今年は年末年始、ビッシリと、グループホームの勤務に入っていたので、自然とリビングルームのテレビでかかっている箱根駅伝を、仕事をしながらではありますが、見ることに。なんで箱根駅伝がかかっているのかというと、わかりやすくて盛り上がるからというのが大きな理由としてあがると思います。
箱根駅伝に限らず、仕事中はテレビを見ると言っても、家でみるときとはまったくモードが違います。それこそ必死で応援したり、心配したり、悪態だってついちゃいます。どうせ見るなら、ちょっとでもワクワク、ハラハラがあった方が楽しいんじゃないかと思う気持ちが、自然と盛り上げ役をやらせちゃうんですよね、私に。もちろん私だけじゃなくって、スタッフみんなでワーワーやってます。
そして、そうやって見ているうち、だんだんホントに必死になってくるんです。そして気づくと、お年寄りは、駅伝を見て熱くなっている私の方を応援してくれていたりするんですよね。用事でテレビの前を離れていても、「折原さ〜ん、○○大学が抜かれた!」と大きな声で呼ばれたり、用事を済ませてテレビの前に戻ると離れていた時の様子を細かく説明してくださったり、私がゴールを見逃すんじゃないかとハラハラしたり。
私が、面倒をみてもらっているわけで、構造的に逆転してるんですね。でも、どっちでもいいんです。リビングルームは活性化してるし、私もホントに楽しいし。
次に盛り上がるのは、大相撲の初場所かな。

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2006.01.02

紙工作プロジェクトがGO

年末に、友人から「紙工作GO」という名の付いた日めくりカレンダーをいただきました。大晦日に気づいたのですが、これで「シコウサクゴ」と読むようです。1/1の日付の下には真四角の赤い部分があって、切り取ると折り紙ができるようになっています。1/2の日付の下には紅白のツートンカラーの鶴の折り方が書かれています。たぶんこのペースで、2日に1度、日めくりの紙で折り紙の作品ができるようになっているんです。
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私は、このカレンダーがとても気に入ったので、下さった方にお願いして、私の勤めているグループホームに飾る分もいただいちゃいました。
でも、お正月が来る前に「待てよ、大丈夫かな」と。しばし私は考えました。「とっても楽しいカレンダーだけど、安易に飾ってトラブルになったり、傷つく人が出たりしないかな」って。
大げさなようですが、例えばの話、昔折れたはずの折り鶴が折れなくなっていることに気づいて落ち込むとか、指先がうまく動かなくて思ったように折れずにイライラするとか、「あの人ばっかりやっててずるい!」と言い出すとか、作ることが思いがけずプレッシャーをかけることにつながるとか、いろいろなトラブルが起こったときに「誰や、こんな日めくり持ってきたんは!」と怒鳴る人がいたりとか。
「折り紙は指先の運動にもなるし、脳の活性化にもいい、日めくりをめくるのが楽しみになって暮らしにハリが出る」と、万事うまくいくとは限らない……と思ったのです。あくまでも、例えばの話なんだけど。
で、職場の上司に現物を見せて提案したところ、「大丈夫よ、きっと喜ばれる」と許可をもらったので、今年からぶらさげてもらいました。
そしてきょう、1月2日。1コ目の作品ができあがりました。思ったほどカンタンにはできなくて、結局、折り紙を何枚も使って挑戦。2人で5つほど作ったツートンカラーの鶴は、別のスタッフが糸をつけて天井から吊してくれました。それを見上げるみんなの嬉しそうな表情。まずは導入大成功のようでした。案ずるよりも……で、1年間、楽しんでもらえると嬉しいな。
私もうちに帰ってから折ってみましたよ。かわいいでしょ。

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2006.01.01

working like a dog

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朝から働いてきました。一見、主婦が台所にいるだけの写真のようですが、パート先の台所で録ってもらった写真です。犬の着ぐるみのようなものを着ております。自前です。この格好で「おめでとーございま〜す。戌年なのでワンコになっちゃいました〜」とやってきました。けっこう受けたのでよかったです。写真では、わかりにくいのですが、とっても似合っていて可愛かったです。違和感がないという意見もあったのは、ちょっと微妙ですが。

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