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2006年5月

2006.05.31

アントアクアリウム、やっぱりありかも。

というのも、私、昨日、蟻を大量虐殺しましたことよ。
入居者さんの家族さんが置いていかれたのでしょうか、クッキーに蟻がタカっておりまして、行列もできておりまして、その片づけをするはめになったもんだから。
できれば、クッキーが無くなったことが行列に伝わって、蟻の皆さんが自ら退散してくださるのを待ちたかったのですが、そんなこともやっていられなかったし、掃除機で吸うわけにもいかないので、台所にあった「アブハチジェット」たら何たらいう殺虫剤を行列めがけてシューッとしたところ、蟻さんたちはコンマ2秒くらいで動かなくなりました。100匹くらいいたかもしれません。
そのとき、ふっと思ったのです。この中の5〜6匹を連れて帰って、アントアクアリウムに入れれば、彼らは私を恨むどころか感謝しながら余生を送ったのではないだろうか…と。私も穏やかに見守り、見送ることができたのではなかったか…と。
でも、そう思ったのは、シューッとしたのとほぼ同時くらいだったから、「いい案だ」と思ったときにはすでにもうみんな動かない小さな黒い点々になっていたのです。蟻ってはかないなぁと思いましたよ。
だから、アントアクアリウム、ちょっとありかもしれないなと気持ちが動きはじめています。厳しい環境下におかれて、生きるのが苦しい…、もう死んだ方がマシだ…、そんなふうに感じながら毎日を送っている蟻は、いないものかいな。

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2006.05.30

貧血、治りました。

貧血でちょっとした坂道も上れなくなり、治療をはじめてから約1カ月。きょうお薬が無くなったので病院に行って来ました。検査をしてもらったら数値は11.5になっておりまして、お医者さんが言った言葉が「貧血、治ってます」。
ヘモグロビンの正常値は11.5〜15.0だから、確かに治っています。ヨカッタヨカッタ。正常値の人間に薬は要りません、だからお薬は「もう飲まなくていいです」。それが問題なんですよね。
これまでのサイクルで行くと、約3カ月で、また7.7あたりになってしまって、また坂道がのぼれなくなるのです。お医者さんは言いました、「下から栓をしなければいけませんなぁ」。やな言い方。たぶん私、やな顔をしたんでしょうね、そしたら「鉄剤を飲むか、ホルモン治療をするか、どっちにしても薬で治療をするのは一緒ですけど」って。やっぱりなんか、やな言い方。
ま、言い方にこだわるわけじゃなく、諸般の事情により、ホルモン治療はお断りしてきました。癌検診も「またこんど」って帰ってきちゃった。
要するに、1カ月半から2カ月くらいで、血液検査に行けばいいのよ。約90日で数値が約3.0下がって動けなくなるということは、45日目くらいには1.5くらい下がっているわけで、11.5マイナス1.5は10.0。そのあたりで検査をすれば正常値じゃないからお薬が出て、それを飲めば貧血がそれほどひどくなる前にまた正常値に近づいていくのです。それでいいじゃないですか。ただ、10.0くらいの数値では、それほど本人に異常値の実感が出ないので、のんきにしている間に3カ月くらい、あっという間に来てしまって、気づけば7.7となっているのがこれまでのお決まり。
だからね、7月の半ばくらいになったら、「そろそろ検査に行った方がいいんじゃないの」と声をかけていただきたいんですよ。いいですね、関係各位。よろしく頼んだよ。

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2006.05.29

F1 モナコ・グランプリ!

ここにも書いたことがなかったし、あまり人には話してはおりませんが、私はF1好きなのであります。特に好きなのがモナコ・グランプリ。今年は面白いレースでしたねぇ、皆さん。私は優勝争いより、後方の順位ばっかり気にして見ていましたよ。
予選でわざとマシンをストップさせたことによるペナルティで最後尾スタートとなったM.シューマッハが最後は5位。怒濤の17台抜き。最後の最後までバリチェロを攻め続けた走りに大興奮させていただきました。
私にとってのF1は、順位もちょっとは気になるけれど、いちばんワクワクするのは、チームの作戦や、途中の攻防、そして1台また1台とリタイヤしていくなか、しぶとく残るマシンのサバイバル。ピットインの秒数を見てドキドキしたりしているの。
だから、大体、夜中にやってる番組を録画しておいて、翌日とか、次の休みの日、ゆっくりご飯を食べながら、追い抜きシーンは、「おぉ!」とか言いながら何度も見たりして、チビチビ見ていくのが、ワン・ノブ・マイ・シアワセ。
今回の結果は結局アロンソ(ルノー)がトップ。途中、ゴーンさんが映っていて「あ、そう言えば…ルノー」。TOYOTAさんは、2台とも残念! 琢磨君も完走ならず。
次はイギリスだっけ? オン・シーズンはメリハリがあっていいわ。

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2006.05.28

どうする? アントアクアリウム

Ant12こんなものがあるのをご存じか。
蟻を5〜6匹捕獲してきてこの中に入れておくと、しばらく相談したのち、巣を作り始めるのだそうな。その様子を表から裏から眺められる、それがアントアクアリウムなのですがな。
私が東急ハンズでこれを見つけ、欲しい!と思ってゲットしてから、実はけっこうな日数が経っています。それはなんでか。
それは説明書にあった「アリの寿命は通常6カ月から1年」の一文を読んだからです。「え、6カ月…」。私のイメージでは捕獲してきたアリを、私のペットというか、仲間のようにできるはずだったのです。おそ松、いそ松、じゅうし松、なんて名前を付けて。
6カ月したら死んでしまう…、それを知ってしまった今、捕獲してここに入れて、一生懸命いきている様子をみて楽しむなんて、なんかできない。6カ月後、みんなが死んでしまうのを、どういうふうに見送れというのでしょう。
だから未だ、無人、いや無蟻のアクアリウム。どこかに長寿系のアリはいないものかいな。

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2006.05.27

『きみに読む物語』

どこで感動すればよかったのか。
認知症の女性に、ある恋の物語を話して聞かせる男性。映画のほとんどは、若い二人の出逢いから、その後におこるさまざまの再現シーンでした。そうか、純愛ドラマという説明は、若い二人の恋物語だったのか。私はそんなところに殆ど興味を感じないので、感動できなかったのか。
私は、語られる物語の中身より、純愛ドラマの主人公の今、つまり認知症の女性と、毎日語りかける男性のドラマの方を期待していたし、そこが描かれた映画だと思ってみたのが感動しそびれた理由でしょう。公開当時、あれだけ世界中で感動大作だと話題になっていたというのが、不思議な感じです。みんなは感動したんだよね。私がどこかずれているのかな。

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2006.05.26

『コンスタンティン』

キアヌ・リーブス主演だったから観たけど、最初から最後まで、ぜんぜん夢中になれませんでした。彼はもうちょっと慎重に作品選びをした方がいいように思います。恋に落ちる相手役も、いまいち感情移入しにくい人ばっかり。独身のお医者さん役だった『恋愛適齢期』はとてもいい映画で、恋愛対象も、恋愛シーンもよかったけど、かっこ良すぎるキアヌは、結果、J.ニコルソンの引き立て役になっちゃってました。
もっと迫力の演技のキアヌが観たいです。トム・ハンクスの『フィラデルフィア』とか、トム・クルーズの『コラテラル』(観てないけど)みたいに。

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2006.05.25

第1回映画鑑賞会『明日の記憶』

ということで(?)、息子の誕生日(きのう)、私は夕方から映画を観に行っておりました。『ダヴィンチ・コード』ではないところが渋いですね。若年性アルツハイマー病にかかった40歳の男性を中心とした映画です。
結果的に、グスグス泣きはしましたが、感動して、ボロボロ泣いて、スカッとできる映画ではありませんでしたので、「映画を観て思いっきり泣きたい」方には向かないと思います。私がいちばん泣いていたのはエンドロールが出てからでした。
主演&エグゼクティブ・プロデューサーは渡辺 謙さん。監督は堤 幸彦さん。でも、『ケイゾク』とか『トリック』といった、いわゆる堤作品のファンの人にはオススメしがたい。
じゃ、誰に勧めるんだ!というと、一般の人ですね。中高年の方々にはもちろん、私は息子にも推薦しようと思っています。まだまだ、よく知られていないアルツハイマー病のことが、丁寧に描かれていました。ハリウッド映画なら、娘さんの結婚式や孫の誕生のあたりでラストとなりそうな感じですが、『明日の記憶』では、それ以降の日常が当たり前に淡々と続いていきました。だから、スーッと流れはじめたエンドロールで、キチャッタんだと思います。進行性の病気の残酷さが映画が進むにつれて胸にきました。
それに、記憶を失ったり、パニックに陥ったり、感情のコントロールができなくなったりする病気が、演出によってうまく表現されていて、(たとえばグルグルまわったり、フラッシュバックが入ったり、カメラが微妙にぐらぐら揺れたりなど)恐いほどリアルでした。もちろん、謙さんの俳優さんとしての力もすごかった。表情や仕草、視線など、ものすごく研究されたのだろうと思います。
妻の枝実子さんが働きに出る、それに関連するシーンのリアリティの無さにはちょっとしらけましたが、私には、映画の中の箸休め的存在になっていて、一息つけていたような感じです。
Imgp3663
写真は、シネコンで買ったポップコーンのカップです。記念に持って帰ってきたんですが、今は蜂蜜入れとして台所で活躍しています。カップのカーブのせいでダ・ヴィンチのモナリザというより、ダヤンの猫みたいになってますね。

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2006.05.24

きょうは、何の日。フッフ〜♪

先日のこと。大学から帰ってきた息子が珍しく愚痴っておりました。少しへこんでもおりました。軽音楽部の部長さんも、人間関係などでなかなか悩みがつきないようです。
そこで私は、励ましたり、慰めたり。母として、また人生の先輩として、久しぶりに気のきいたアドバイスをちょいちょいっとしていたわけです……が、最後を締めくくった息子の言葉は、「ま、いっさ。僕にはTさん(彼女さん)がいる」。

なんじゃ、そら。一生懸命、対応している母に向かってぬけぬけと。あほらしもない。

でも、こっちこそ、それで「ま、いっか」です。22歳にもなって、「僕にはお母さんがついている」では困ります。
そう、22歳。奴が生まれてから(奴を産んでから?)ちょうど22年。きょうはそういう日でありました。お誕生日おめでとう。


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2006.05.23

箱の山

Imgp3659息子の部屋においてあるタンスの上です。こんなものが積んであるから片づかないのよね。でも、申し訳ないことに積み上げてる本人は私なのだわ。この横の壁も似たような状態になってまして、それも私の仕業ですわ。これらを片づければ…とは思いながら、これはこれで納まっているものだから、症状固定って感じで放置してあるのです。
でもね、ちょっと言い訳がましくなるかもしれませんが、昔は、パソコン(特にMac)を買うと、「後で必要になるかもしれないから」って、箱を置いておくのが常識だったですよ。たとえば、修理が必要になったとき「必ず元の箱に入れて送ってください」って言われたし。
まぁ、だからって、この状態はないか。私が寝ている部屋にも箱はいっぱいありますしね。全部で何立方メートルになるか計算してみたいくらいです。
この箱の山を放置したまま、収納場所がないからって、衣類をリビングやソファの上にあふれさせている現状は、確かにおかしい。暑くなるまでに何とかしよ。

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2006.05.22

病気もうつるが元気もうつる(copyright SCE)

1年半くらいかな、今の職場で一緒に仕事をしていたSさんが久しぶりに訪ねて来て下さいました。お庭になったサクランボをたくさん持って。当時、一緒に仕事をしていた若干名も勤務時間でもないのに集合しました。
Sさんは、私より10歳くらい上の方で、とても美しい日本語を話される方でした。仕事中も入居者さんだけでなく、私にだって「もうお掃除すまされましたの?」なーんて聞いて下さるかたで、その上、とーっても優しくって、笑顔が素敵で、私は大好きでした。
職場からみんなで回転寿司に行くことになったときも、「私、行ったことがありませんの」と喜ばれ、当日は「まぁ、おいしいんですのねぇ。これ全部100円なんですか」と驚いておられましたし、
節分には、離れて暮らしておられる2人の息子さんに「歳の数だけお豆を送りますの。他の荷物と一緒にね」とおっしゃっていて、「息子さんは何て?」と聞くと「次に会ったときくらいに、『お母さん、お豆いただきました。ありがとう』って言ってくれますよ」って! まるで皇室アルバムみたい。
仕事中、入居者さんに「おスプーンで召し上がりますか?」って言ってたときは、ちょっと冷やかしたくなって、「スプーンはおスプーンなのに、フォークはおフォークって言わないの?」と聞くと、「あら、だって、フォークにおをつけるなんて、おかしいじゃありませんか。おフォークなんて言いませんでしょ。折原さんたら、ホントにおかしいことをおっしゃるんだから。オッホッホ」って品よく大笑いしておられました。わたしも「そうですね」ってニッコリ。ツッコメナイ世界です。
私の息子が大学に入った春も一緒にお仕事をしていて、お休みをもらって入学式に出席して帰ってくると、Sさんから「おめでとうございます」というメールが届いていて、お祝いの言葉と一緒に、私に対する労いの言葉がありました。お祝いの言葉はともかく、労いの言葉は、まったく想定していなかったところから天使が放った矢みたいなもので、まともに受けた私はひたすら滂沱でございました。息子の大学入学のことを思い出すたび、そのメールをいただいたことも思い出して温かい気持ちになります。
仕事を辞められたのはお身体をくずされたからだったので、きょうのように元気な姿を見せてもらえると、ただそれだけでこちらまで元気になります。
私にとってのセレブなんです、Sさんは。

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2006.05.21

もしも、数学ができたなら…、

ほんとうは気象予報士の試験にチャレンジしたかった、というのはもうすでにどっかに書きましたっけ。受験資格が特にないこと、合格率がすごく低いこと、まわりに持ってる人がいないこと、などが魅力的だなと思う理由なのですが、恐い物知らずのチャレンジャーである私でも、二の足を踏むのは、数学が必要だということを知っているからです。
・3.4×10-3 の指数の計算 (10引く3じゃないですよ、10のマイナス3乗です)
・sin、cos などの三角関数の計算
・dx/dt という微分で表された数式の理解
…などの取り扱いに慣れている理系は、確かに有利と、あるサイトに書いてありました。
数学が必要というだけなら、「時間はあるんだから、今からでもやってみれば何とかなるかも」と思う、「わかってない系」の私なのですが、上記のように具体的に示されると、二の足を踏むどころか、あっさり諦めることができますね。
パズルや暗号やミステリー小説は好きなんですけれどもねぇ、そういうのは関係ないんでしょうか。なーんかねぇ、苦手なことは得意な人に任せておけばいいって気にならないのが私の不思議なところで、「dx/dt という微分で表された数式」を理解できるというのはどんな感じなのか、知ってみたくてたまらないのです。誰か丁寧に丁寧に教えてくれないかなぁ。死ぬまでに、数学や物理学といった理系の世界を少しでいいから理解してみたいなぁと思うのですが。
そういえば、3日ほど前、息子が「テレビの番組で出た算数の問題が解けた」と喜んでいたので、「算数が解けて嬉しいの」と言ったら、「8個のコインがあります。1つだけ重さの足りないコインがまじっています。秤を2回だけ使って、重さの足りないコインを見つけなさい」と出題されました。
私のやり方では、どうしても秤を3回使うことが必要になってしまいます。2回だけ秤を使って探すより、3回秤を使う方が早いと思うのですが、それは数学的ではなく、おばちゃん的な解決ですね。
この程度の問題でも、自分で解くことはできないし、解けても時間がかかると思いますが、答えを聞いて説明してもらえれば理解できると思うのです。「dx/dt という微分で表された数式」も、そんな具合にいかないもんですかね。
『容疑者Xの献身』の犯人は今頃どうしているんでしょう。

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2006.05.20

急ぐこたぁない、ひと休み、ひと休み

福祉住環境コーディネータの受験はいいんだけど、試験日が7月9日というのは、ちときついかなと感じ始めておりまして…。
なんだかんだ言ってる間に5月なんてあっという間に終わりそうだし、そうなると正味1カ月くらいで余裕の受験にこぎつけられるかどうか、非常に怪しい。
なーんて思いながら、再度、サイトをチェックしてみたら、11月26日にも試験があるじゃありませんか。なら、急いで受ける理由はないので、7月9日の受験は見送りです。約半年かけてゆっくり勉強いたしましょう。
はぁ、なんか急にラクになった。きょうなんて、体調もあまり思わしくなかったから弱気になっちゃって、1カ月で受験なんて無理、仕事も続けられない、旅行も大丈夫かなぁって、どんどんフサギ虫。更年期障害かなぁと思ったとたん、そういえば少し前にも「更年期障害だ」って騒いでいた時期があったなぁと思い出したので去年の手帳を見てみたら、やっぱり春から夏にかけて「しんどい」「だるい」のオンパレード。「命の母」なんて薬まで買ってたみたい。でも結局、ほとんど飲まずに残っているんだから、一時的なものだったんでしょうね。ってことは、今の症状もきっと一時的なもの。この季節が苦手なのかな。
それにしても、主食は玄米、お酢やら手作りジュースを飲んで、ゴマやら納豆やらニンニクやらヨーグルトをせっせと摂取して、半身浴も、ストレッチもやってる私より、タバコ吸って昼食に冷凍のナポリタンを食べているA氏の方がずっと元気なんだもん。やってらんないよ、まったく。

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2006.05.19

「わたくし的:認知症を知る1年」は続くよ、どこまでも。

母の姉、秀ちゃんは特別養護老人ホームにいます。認知症です。
母は定期的にホームを訪ねているのですが、そのたびに秀ちゃんを叱ってきます。「何でもしてもらえるからって甘えたらいかん」「私の顔を見てもわからへんとは情けない」「これができるのになんでこれがでけへんの」。
叱られて「こわい」と言う秀ちゃんに「そんなことだけはハッキリ言うんや」。

「叱っても秀ちゃんにはどうしようもないんよ」
「そんなことない。ちゃんと解ってるんや。『こわい』て言うたんやから」
「怖かったから『こわい』って言うたんよ。でも、『怒られたらこわいから、ホームの人に甘えるのはやめよう』とはならへんねん。言わんほうがいいんよ」
「言うても無駄やて言うんか。あんた、ほんまに冷たいな」

ホームを訪ねた話は、おおむね、そういう会話になります。
病気に対する正しい認識が定着するには時間がかかります。老いやボケという言葉でイメージが定着している認知症は尚更ということがあるだろうなと思います。でも、何年か経ったら、「あの頃は、認知症のことが誤解されていたね」とみんなが思う時代になるんでしょうね。状況は、少しずつでも今より良い方へと動いているのですから。
わたしの設定した「認知症を知る2週間」は、認知症ケア専門士の試験日の終了と共に一旦は終了したのですが、きょう母とランチを一緒に食べながら、秀ちゃんのためにも、今年を「わたくし的:認知症を知る1年」とし、キャンペーン活動を続けていかねばと思いました。
去年、国が展開した「認知症を知る1年」のキャンペーンで配られたというオレンジリング、どうやったら手に入るのかな。似たようなやつを勝手にしててもいいんだろうか。

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2006.05.18

福祉住環境コーディネータとTOEIC

明日は、「脱・受験」後、初めてのお休み。あぁ、この開放感といったら!
の、一方で、福祉住環境コーディネータの本を1冊、買ってきましたよ。3級受験用の一問一答形式の本です。介護福祉士の受験内容と重なる部分もあるみたいだから、とりあえずは、3級用の本で合格圏内に近いところにいるようだったら、2級1本でチャレンジしようかなと。
の、一方で、TOEICへのチャレンジも考えておりまして。「英語、要るよなぁ」と言いながら、なかなか本腰を入れない息子に「点数で競争しよう」と誘ったりなんかしちゃったりして…。「競争」という言葉にあんまり反応の良くない息子ですが「そうやなぁ」と言ってましたので、10月あたりの受験はどうかなと思っています。
今度こそ、計画的に、地道にコツコツ積み重ねたい。目標は「『やるだけやった』と言って試験日を迎えること」ですね。

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2006.05.17

やっぱり私は捨てられない

「捨てる技術」というベストセラーがあり、雑誌で収納の特集が組まれると、必ず「捨てる」ことが必要とされていたり、要らない物を置いておくことは、今や罪!な感じがあるわけでございます。
でも、きょうは、むかーし昔にひょんなことで手に入れた碁盤と碁石のセットが役に立ったということがありましたし、以前、ご紹介した「うちのコイズミさん」だって、捨てる予定のタオルや服を総動員させて作ったものですし、「置いといてよかった」ってことってやっぱりあるよなぁと思うきょうこの頃。
少なくとも、本や雑誌が提唱する「捨てるべき物」の基準からみると、うちの「捨てるべき」は、かなりきつくなっています。確か「超・整理法」では「過去1年間一度も取り出さなかった書類」は処分とあったと思いますが、うちでは10年くらいかなぁ。
10年以上前の物であっても、パソコン関係の書類なんかだと、現在とあまりにも違うスペックや状況を語る歴史的資料として、かえって面白かったりしてやっぱり捨てられません。
「今はもう着られなくなったサイズの小さい服」も、某収納の本によると、捨てるべきなのだそうですが、私の場合、5年くらい前に着ていた服なら、またちょっとスリムになった時に着られそうで、服もそうだけれど、その望みはなかなか捨てられません。10年ほど前のモデムとか、HDDとか、CDドライブとかも、なーんとなくとってあります。
そんな私が「これはもういらんやろ」と捨てたい物は、よっぽどの物。しかも、そういう物がかなりの量、あるのです。今、私がいちばんやりたいことは、それらの処理。あさっては「燃やせないゴミ」の日だから、家の中を歩き回っては、捨てる物をピックアップすることに燃えています。
暑くなる前に、なんとしても、こざっぱりとした部屋にしたいんだけどなー。

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2006.05.16

資格依存症

資格試験依存症というより、資格依存症って、確かにあるかもしれないなぁと思いました。
資格は「取っておいて損はない」もんだし、「取れるうちに取っておいた方がいい」もんだけれど、受験手続きをして、受験料も払って、受験勉強をはじめてみると、「取っておいて損はない」程度に軽く考えていたころに比べて、徐々にテンションが変わってきてしまう。「取れるうちに取っておいた方がいい」なら、「取れてラッキー!」になるはずなのに、達成感が長続きせず、すぐにまた違う資格がほしくなる。その背景にあるのは、肩書き依存症によく似た資格依存症…、だったりして。
ダイエットがだんだんエスカレートして、拒食症になっちゃうのとも似てるかな。はたから見てると、「もう充分じゃん」と思うのに、本人はぜんぜん満足しないあたり。
資格で人の価値が上がったり下がったりするわけじゃないのに、資格試験は合格か、不合格かって、結果がはっきり出るから、勝ち組と負け組に分かれちゃうように錯覚しちゃう。勝ち組になったはずなのに、当然のことながら自分は自分のままだから、満足できない。あの資格を取れば、変われるかも!ってのを繰り返す。
一見、やってることがポジティブだから、見えにくいけど、まわりからいくら評価されても、自分自身が満足できてないとしたら、それはあんまりよくない状況だすなぁ。合格しても不合格でも、「ま、こんなもんよ」って感じがいいのにね。

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2006.05.15

まさか、また受験?

福祉住環境コーディネータ。
受けるなら2級かな、なんて思ってる。私って資格試験依存症かなぁ。受験申し込み期間は5/26までだから、もうちょっとゆっくり考えよ。

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2006.05.14

終わったじょ

会場で流れた「合格基準は60%から70%に訂正し、お詫び申し上げます」ってな内容のアナウンスには、笑ってしまいました。たぶん以前の資料で見て「合格基準は60%以上」だと思っていたのが、受験票にはちっこい字で「70%」って書いてあったから、「そうなんだ」と知ってはいましたが、試験会場で改めて聞くと「お詫びされてもなぁ」って感じ、会場も意外に無反応でした。
さて、問題ですが、テキストをしっかり読んで勉強した人なら難なくわかる問題でしたよね。どうでしたか、テキストをしっかり読んで勉強した方。私は、「あ、これ、テキストに書いてあった」ということはわかっても、どう書いてあったかまでは覚えていないという問題が多かったです。
5/4に書いた「認知症ケアの視点」、穴埋め問題で出ましたね。5/10の「バイステックの7つの原則」も2問ほど、5/9の「身体拘束」も「ミトン」がらみで2問ほど出ていませんでしたっけ。問題が回収されてしまったので、どんな問題が出て、どう答えたんだったか、もうほとんど覚えていませんが。
問題をしっかり記憶していれば、テキストで合っていたかどうか確認できる問題ばかりだったと思いますが、私の場合は、覚えていないので無理。もう振り返らずに、明日からは「わたくし的7つのニーズ」の充足をはかる日々にいたしたいと思っております。関係者の皆さま、どうぞよろしく。

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2006.05.13

あとは休憩時間にかける!

朝の電車の中で約60分、1時間目と2時間目の間は40分、昼休みは90分、3時間目と4時間目の間は40分。ここで集中してやれば…なんとかならないか? なりそうな気がする。♪なる、なる、きっとなる♪(映画『リング』のあの曲で歌う)。だって、1日にそんなに勉強したことなんてないもんね。まさにラストスパートだ。
中学とか高校の定期テストのときにも、10分間の休憩にかけてたっけ。あの頃とちっとも変わってないよ。
でも、そうと決まったら早めに寝よ。

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2006.05.12

7つのニーズ

認知症ケアにおける社会資源
フォーマルケアとしての社会資源は、認知症高齢者が在宅(ときには施設や病院での)生活を維持していくための7つのニーズに応えるものっちゃ。
7つのニーズとは、
1.保健医療サービスへのニーズ
2.社会福祉サービスへのニーズ
3.住宅サービスへのニーズ
4.所得維持サービスへのニーズ
5.公正サービスへのニーズ
6.雇用サービスへのニーズ
7.学習サービスへのニーズ

わたしも持ってる7つのニーズ
1.「眠い」へのニーズ
2.「おなかすいた」へのニーズ
3.「きれいになりたい」へのニーズ
4.「片づけたい」へのニーズ
5.「英語しゃべりたい」へのニーズ
6.「上手に歌いたい」へのニーズ
7.「もっと一緒にいたい」へのニーズ
あれ、もう7コだ。

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2006.05.11

きょう、やること

きょうはお休みの日。この日を当て込んで、いろいろ積み残してるから、何とか一つでもたくさん、詰め込まなくちゃ。
20時からは、こないだの家族交流会の打ち上げに参加する予定だから、それまでが勝負。まずは…、

○各種、スケールの整理
どれが何なんだか。テキストの事例紹介では、そのスケールで何点とかって必ず出てくるから、それがどういうことなんだか、わかってないとダメでしょ。テキストをめくっていると、表と説明があっちこっちに飛んでてわかりにくいから、ちょっと時間をとって自分なりにわかりやすい表をつくるのがベストかな。

○地域福祉権利擁護事業と成年後見制度
これは、テキスト第2巻、P.133の表を見て覚えると。

○わからんリストの作成
これは介護福祉士の受験のときにもやったけど、試験3日前のきょう、リストの作成かよって感じで、やらなければと思うこと自体が不安ですが、とにかく、テキストを読んで、「何だ?これ」があったら書き出して、試験までには「OK」にしておくと。

あとは、
・昼ご飯をおいしく食べたい
・お風呂にゆっくり入りたい
・ナメクジ駆除剤を買いに行きたい(職場の庭用)

ゴールは午後20時。あと8時間。

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2006.05.10

想い出の「バイステックの7つの原則」

介護福祉士受験の時、主任君から「バイステックの7つの原則は覚えましたか」と言われて、「なんだ?それ」状態だった私はあわててチェック。覚えておいたら介護福祉士の筆記試験に見事に出たんでした。認知症ケアでもテキストに出てきていたので、おさらいの意味で再チェックしておきましょう。

「バイステックの7つの原則」
1.個別化
ひとりひとり、みんな違うの。

2.意図的な感情表出
何を聞いても「あ、そう、ふ〜ん」では、だんだん何も話していただけなくなりますが、「うわぁ、すごいですねぇ」「えぇ? 知らなかったぁ」とこちらの感情を表していけば、どんどん話して下さいます。「意図的」というと、なんか言葉のイメージであざとく聞こえるけど、こちらのモードを意図的に感情表出モードにして接するということは確かに大事です。

3.統制された情緒関与
感情表出モードにしたはいいけど、一方で自分の感情に対して客観的であること、コントロール可な状態におくことが大事。「適当な共感的態度や言葉」であることが必要です。

4.受容
まずはすべてを受け止める。

5.非審判的態度
目の前の人が弱者だと、自分が偉くなったような気になって、頼んでもいないのに、批判したり、評価したりするようなのはいかんよということ。人を勝手に弱者にしちゃうような奴もダメダメね。

6.自己決定の原則
自己決定の瞬間って、日常生活のなかでも、頻繁にありますね。介護者の都合が当たり前になっちゃわないように気をつけねばならねば。

7.秘密保持
これは、あたんまえ。
----------------------------
よし、バッチリだ。
 

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2006.05.09

貧血、治さなきゃ

認知症を引き起こす身体疾患としてあがっているのは、
ビタミンB1、B2欠乏症、慢性アルコール中毒、甲状腺機能低下症、慢性低肺機能による低酸素血症、糖尿病性低血糖、極度の貧血、慢性心不全、悪性腫瘍の転移、肝硬変など。
え? 貧血が認知症を引き起こすの? 知らなかった。治しておかなくちゃ。

介護福祉士の試験のときは、「ベッド柵の固定とミトン」が身体拘束にあたるかどうかが問題に出ていましたよね、確か。どちらも立派な身体拘束ですが、「緊急やむを得ない場合の要件」の「利用者本人または他の利用者の生命または身体が危険にさらされる可能性がいちじるしく高いこと」の解釈でどうにでもなるような気がしないではありませんね。何の危険も無いのに身体拘束というのは、そりゃ当たり前に、禁止で当然だけど、それはもう、身体拘束のレベルの話では無いような気がします。
「もし転倒して骨折をして寝たきりになるようなことがあったら大変だから」のベッド柵固定と、「
ろくに歩けもしないくせに、すぐにフラフラ立ち上がられると、そのたびに介助しなければいけないし、万が一、転倒して、その責任をとらされちゃたまんない」からベッド柵固定、の間には大きな開きがあるんじゃないでしょうかね。
転倒といえば、薬物との関連も大きいとあります。転倒を生じやすい薬物としてあがっているのは、
・睡眠薬、精神安定剤、抗不安薬、
・抗うつ剤、
・その他の向精神薬、
・降圧利尿剤
・その他の降圧剤および血管拡張剤
・非ステロイド鎮痛消炎剤、
・強心剤など心疾患治療薬、
・抗痙攣剤、
・抗パーキンソン病薬
・鉄剤、
え?鉄剤?! 鉄剤、飲んでると、転びやすいの? 知らなかった。でも飲むのやめると、貧血が治らないよ。転ばないように気をつけよ。

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2006.05.08

近未来予測:認知症ケアのテキストが大幅改訂される。

久しぶりの近未来予測シリーズです。
認知症ケア専門士の試験は来週行われるのが第2回。第1回のときは、前にも書いたように、現在のテキストで「認知症」となっているところがすべて「痴呆症」となっています。そして「認知症」と書かれている所のかなり多くは「認知症高齢者」となっています。内容をみても、ほとんどすべてが「認知症高齢者」のケアについて書かれていますし、「認知症高齢者ケアを普遍化していくうえでもっとも重要な点は、認知症ケアの方法を標準化できるかにかかっている」とあります。これは、認知症ケアの重要性が、介護の領域から出てきているからでしょうね。
でも、もうすぐ全国ロードショーとなる映画『明日の記憶』や『私の頭の中の消しゴム』、NHKの特集番組でこのところ頻繁にとりあげられている「若年性認知症」はどうなんでしょう。デイケアもショートステイもグループホームも、40代、50代の人には対応してくれませんよね。「初老期の認知症」が特定疾病に指定されているので、介護保険の対象にはなるけれど、実際には、親子ほど歳の違う人たちと同じ環境でケアを受けるのは、抵抗感が出る方が自然です。
現時点では認知症ケア専門士は、実質、認知症高齢者ケア専門士だけど、増加傾向にある若年性認知症のケアにも、普遍化、標準化の整備が急務であることは間違いないはず。
だ・か・ら、今回の予測は、この「認知症高齢者」の「高齢者」が消えて、「認知症の人」となる箇所が増えるだろうなということと、若年性認知症のケアを対象としたページが追加されていくだろうなというものです。
私が認知症ケア専門士の試験を作る立場だったら、1問くらいは入れたくなるだろうな、若年性認知症に関する問題。超常識問題にして「これくらいは知っとけよ」的な感じで。ま、今年の問題にはないでしょうけどね。
1年後、つまり来年の試験からなら、40%の確率と予測しますが、どうでしょうか。ということは、もうすでに、若年性認知症に関するページに執筆は進んでいるという読みになりますが、それって、十分あり得ると思ってます。
2年後なら、70%の確率、それくらいでなきゃあね。

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2006.05.07

迷ったら、ココへ戻ろう

第2巻の第1章 認知症ケアのプロセスと目標のⅠ「認知症ケアの視点」で「基本理念達成のための共通の視点」として出てくるのが下の5コ。
1.その人らしく振る舞えているか。
2.その人の力が発揮できているか。
3.安全や健康の視点で問題はないか。
4.安心して、かつ心地よく生活ができているか。
5.十分な支援体制が整っているか。

私はぜんぜん計画的なお勉強ができていないので、そう感じるだけかもしれませんが、この5つ、あっちこっちにでてきませんか。でも、あっちこっちに出てくるということは、アタマに入れておいて無駄にはならないのでは? 受験だけじゃなくて、現場でもね、迷ったり、混乱したりしたら、この5つの視点に戻ってみればいいのかも。基本はココだと。あとは、個別対応ですね。

と、思って見てみたら、第4章 認知症ケアのアセスメント方法のⅡ「アセスメントをする共通の視点」の「日常生活上の課題にきづくための共通の視点」として上がっている5コを見つけました。
1.その人らしいあり方
2.安心・快
3.自分の力の発揮
4.安全・健康
5.継続的総合的支援体制

一瞬、「あ、おんなじだ」と思いましたが、微妙に違います。よくみたら、ほとんど違います。(順番を変えて見るとやっぱり一緒か)
あのね、たくさんの事柄を理解し、覚えようとしているときに、梅、猫、自動車、ってのがあって、また違うところに、悔、錨、自転車って感じで、似てるけどぜんぜん違う、紛らわしいのが入っていると、ややこしくてとたんにどっちも覚えられなくなるのは私だけですか。こんな間違い探しみたいなの、やめてほしいです。
でもそうなるものなのかな。不幸な人生はそれぞれなのに、幸福な人生はどれもよく似ているというのとおんなじように…。
猛烈に眠いので、きょうは早めに寝ましょう。明日、早起きできればいいのですが。

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2006.05.06

認知症はれっきとした病気

数年前、首都圏を対象にした一般市民の認知症高齢者に対する意識調査によると、
認知症を「れっきとした病気」と認識していない人が40.6%もいたんだと。でも、1年前の私だったらどうかなと不安になることからすると、これは啓蒙が進んでいる数字ともとれるのかな。さすが首都圏てか。
「よくわからないから怖い」と答えた人は63.2%だそうです。この6割強は、何に対しても「よくわかんないんだけどぉ」って付けてから「かわいい」とか「イヤ」とか言ってる奴らじゃないの? わかんないならわかるようにしろ!って、首都圏のデータに激しく嫌悪感を持つ、偏見のかたまりの私のきょうのモードはなんなんでしょう。
一方で、自分が認知症になる不安については41.6%でなんですと。意外と少ないかな。これって、「れっきとした病気と認識していない」40.6%の人たちと、かなりの割合でかぶってたりして。
でも身近な人が認知症になる不安については98.2%って何それ。ほぼ全員ですだら。
今は、一般の認知症と関係のない方でも、きちんとした知識をもっていただくことで、安心したり、将来、関係者になったとき、冷静でいられたりするのではないでしょうか。
ここはひとつ、私が行って、ちゃんとした知識を授けてあげましょう。1時間喋って5万円(経費別)でどうですか。温泉に入れた場合は、4万円でいいですよ。草津の方とか、鬼怒川の方…、どうでしょう。

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2006.05.05

なるほど・ザ・コミュニケーション

人間同士のコミュニケーションは、
「私を理解しようとしているあなた」が理解しようとしているのは、「私を理解しようとしているあなたを理解しようとしている私」の関係性によって成り立っている…のだそうな。
ここ数日、ブログの文章がややこしくなっている自覚があります。「タイトルが似ていて混乱する」というお声も伺っております。でも、しょうがな・い・の! 私もイッパイイッパイなんだから。
上のようなコミュニケーションの説明なんて、読んでもすぐには「なるほど」とはなりません。でもまぁ、腹をくくって、「私を理解しようとしているあなた」と言って小泉さん(え、誰?と思った人は2006.02.06のブログを見てね)を指さし、「が、理解しようとしているのは私(と言って私を指さし)、その私は、私を理解しようとしているあなた(小泉さん)を理解しようとしている私(私)…」とやって、「そりゃそうじゃん」と憮然としてから、「それで?」とまたテキストを読み進めているわけで、なかなかラクじゃありませんよ。
そして、認知症の人は、私のことを理解しようとはしてくれないことが多いわけで、私が理解しようとしていることも伝わりにくい。その「不確かな断面を推論し、意味を紡いでいく(読解する)ことで成り立っていく。それは「〜かもしれない」ということを導き出す行為であって、『真実はこうである』という答えを出すことではない」のだそうです。
「家庭はこのような『ほどよい』読解力を学習する場と捉えることもできる」というのは、おかあさんの「そこのあれなにしといて」や、学校から帰ってきた子どもの「ただいま〜」で、「あ、学校で何かあったな」とキャッチできるようになったりする、家庭特有のコミュニケーションが、「ほどよい」読解力かいな。
「認知症の人は、介護者の読解力に大きく依存している」というのは、現場にいるとよくわかりますね。「そわそわしている」「こちらの方をずっと見ている」、そんなところを読みとっていけなければ、いけないのです。それを思うと、特に認知症の方へのケアのなかでは「放置する」「無視する」というのは、とんでもないことだと想像がつきます。「介護者の読解力によって、認知症を病む人が自己を保つことができる」…、そこまでの自覚ってなかったけど、確かにそうだと思いました。責任重大です。

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2006.05.04

昔は神様だったこともある、認知症高齢者

テキストで紹介されている『源氏物語』までいくとピンとこないけど、なるほど…と思ったのは、中世のおとぎ話の神様がお年寄りだったり、翁が神の化身であったりする設定から、老人は、青年や壮年より、経験があるとか、立派であるというふうに捉えられていたようだというくだり。ごく普通に尊敬される存在であったわけですね。その中で認知症高齢者は、神であったり鬼であったり、非人間的存在としておそれられ、その後、西洋医学が入ってきて疾病という位置づけがなされてからも、治らない、どうしようもない存在として厄介者とされたりして、それが明治に入った頃には、高齢者は社会的弱者、認知症高齢者は恥、になっちゃって、私宅への閉じこめが強いられた…。神が、いつのまにか恥…。
「恥」なんかではないとなってきたのは、ここ最近のこと、ひょっとしたら去年あたりからやっと少しずつ、という感じであって、まだまだ明治の頃のイメージのままという人が少なくないのかもしれません。
実際、「年寄り」に対しての、マイナスイメージは、案外、中高年以上の年代の人に根強くあるような印象を私は持ちます。マイナスイメージの対象を介護するときに、尊厳、尊重という感情は起きにくいかもしれませんね。忌み嫌う対象だった人物像に自分自身が近づいていく…、そこには希望がうまれにくいでしょうね。広い意味での教育、学び直しがなければ、将来が暗いような気がします。
…というふうに、私の場合、テキストを読んで「なるほどなぁ」と思うまではいいんだけど、そこから先、どんどん、ひとりで考え事に入っていってしまうから、眠くなるころには、元の場所がすっかり見えなくなってしまっているということがよくあります。考えることは悪いことではないけれど、効率は決してよくありません。難儀なこってす。

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2006.05.03

ハートで感じる、認知症ケアの理念

テキスト第1巻『認知症ケアの基礎』の第1章「認知症ケアの理念」は、認知症ケア専門士の受験勉強としてだけじゃなくて、認知症対応型のグループホームに勤めている私としては、とても読み応えのある章です。ケアの理念をあっちから、こっちから、その本質を伝えるべく書かれていて、読むたびに、なるほどなぁ、大事だなぁと思うわけです。でも、ひとたびテキストから目を離して、「認知症ケアの理念とは」と問われると、ビシッとは答えられません。「あれ、わかってたつもりなんだけど」と、不安になります。
この章を執筆されたのは、長谷川和夫さんとおっしゃる方で、もちろん私はどんな方なのか、まったく存知あげないのですが、たぶん、とても真摯に、深く深く認知症を研究しておられる方なのだろうと思います。だから読むたび、心に染みるし、なるほどなぁなんですけれど、反面、受験用にビシッとわかりやすい「理念」は明示されていないのです。「魂で感じなさい」みたいな文章になっているような気がします。
でも、受験を前にした私としては、キパッとした文章で大事な「理念」を掴んでおきたいところです。なので、第2巻の第1章「認知症ケアのプロセスと目標」の「1.認知症ケアの視点」にある、「認知症ケアの理念については第1巻にきちんと書いてあるけど、念のために『簡単にまとめておく』と」とある文章を少しアレンジしてよりどころにすることにいたしました。ほとんど引用ですが、認知症ケアを「安全かつ心理的に安定を保ちつつ、個別性や能力を発揮した継続的なせいかつを送ることができるように援助をすること」と定義した上での「認知症高齢者の尊厳を支えるために、彼らの視点に立った暮らしを継続していくこと」ってやつです。ちょっと言葉足らず名気もしますが、ま、いいでしょう。
この視点ってのは、第1巻に戻りまして、第4章「認知症高齢者の心理的特徴」の「6.認知症高齢者の内的世界の理解」にある、【Bさんの朝】、そして【Bさんの視点】というところを読むとわかりやすいですね。現実社会の視点で見ると行動傷害といえる「徘徊」が、Bさんの視点に立ってみると「目的を持った『歩く』という行為である」という部分。受験にどう役立つかはよくわからないけれど、ケアにあたる人は忘れちゃいけないポイントだと思います。
ところで、なんで「Bさん」なんだろう。すでに「Aさん」出てきてたっけ。忘れてるのか?とまた不安になる私。それとも馬場さんとか、別所さんなのかな。集中しなければいけない時に限って、つまらないところが気になります。

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2006.05.02

認知症って何だっけ

認知症ってのは、「脳の器質的障害が原因で起こる認知障害」でOKかな。
「器質的障害」がわかりにくいですね。ある辞書には「有機体を組織している諸器官(構造)のうえに、なんらかの損傷を受けたために生じた行動または精神面の障害。狭義には、脳髄の損傷によって生じたものをさす。」とあって、余計に混乱をきたしそうですね。ここはひとつ、「脳の障害が原因で起こる認知障害」でいいとしましょうよ。
私がグループホームに勤めるようになった3年前には、このことさえまったくわかっていませんでした。「ボケは老化のひとつ」くらいに思っていたような気がします。歳をとると、みんな物忘れがひどくなったり、わけのわからないことを言ったりしたりするようになるんだけど、その程度が軽い人と、深刻な人がいるとかね。で、アルツハイマーの人は、脳の障害でそうなっているから、普通のボケの人より、ボケ方が半端じゃないんだと思ってました。まったくの誤認識です。
何よりもまず、「認知症は病気である」という認識が必要なんでした。この認識、今では一般的なものになっていますか? 一般的ではないような気が私はします。「お隣のおじいちゃん、ボケが始まっちゃったみたいよ」ってなセリフは、病気という認識からは出てこないような気がします。でも認知症ケア専門士の受験生さんには常識でなければいかんところだと思いますよ。
認知症の6割近くがアルツハイマー型だということも、常識になっていますか。脳梗塞の後遺症でなる血管性認知症が約2割。この2タイプでおおかた8割です。さきの「お隣のおじいちゃん」は、「始まっちゃった」という表現からも、アルツハイマー型認知症である可能性が高いと考えられます。徐々に進行しますからね、アルツハイマー型は。
そういえば、最近、「耄碌(もうろく)」という言葉を含んだセリフを聞かなくなりましたね。昔はよく聞いたような気がします、「耄碌じじぃ!」とかって。ひょっとしたら差別用語になってるのかな。

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2006.05.01

試験2週間前

中間テスト、期末テストの2週間前になるとクラブ活動がお休みになったり、高校生になってからは午前中だけの授業になったりしませんでしたっけ。きょうは5月のおついたちで、月曜日で、お休みだったから仕切直しのスタートには絶好の日。15:00〜16:30までの1時間半、認知症ケア専門士の受験勉強らしきお勉強を初めてみっちり真剣にやりました。テキストを黙読する程度はこれまでにもやってましたけれど、ポイントをチェックしたり、テキストに線を引いたり、ノートに記録してみたり、そういうのは初めて。きょうの1時間半の集中力で、もうちょっと早くからやってれば、絶対合格してたんだけどなぁ。でも諦めるにはちと早いので、あと2週間、ターボで駆け抜けましょう。
ご存じの方もおられるかと思いますが、2005年は「認知症を知る1年」でした。厚生労働省が力を入れていろいろな何かをやっていたようです。認知症を真正面から取り上げたNHKのテレビ番組も、映画『明日の記憶』も、その流れの上にあるのかもしれません。
でですね、きょうからこのブログは「認知症を知る2週間」に入ります。受験する人も、しない人も、しっかりとついてきてくださいますように。
では、手始めに、絶対に何らかの形で試験に出そうな数字を押さえておきましょう。
『認知症ケアの基礎』第2章 認知症高齢者の現状 から。
日本の人口の5人に1人が65歳以上の高齢者。そのうちの13〜14人が認知症。
65歳以上の高齢者がいる世帯では6〜7世帯に1人、全国に160〜170万人おられます。(2001年データ)それが団塊の世代が高齢者になりきる2015年には280万人に達すると予測されています。
2002年のデータによると、介護保険の要介護認定者の2人に1人が認知症だったという割合も覚えておきましょう。
テキスト第1巻の第1章は「認知症ケアの理念」、第2章は「認知症高齢者の現状」。まず理念ありき、そして現状把握なわけね。

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